匠さんと朱里と暮らし始めて6日が経った。 あれから匠さんの態度に変化は見られない。 あの甘いキスが俺の妄想だったのでは？なんて思ってしまう。 時間はたっぷりあるんだし、これから徐々に距離を縮めてければ良いか。 それよりも優先すべきは朱里の事だ。 姉が出て行った翌日、匠さんの元に郵便物が届いた。 中には、姉の署名・捺印済みの離婚届け一通と、［朱里をお願いします。］とだけ書かれた手紙が入っていた。 匠さんは、その足で役所に行き離婚手続きを済ませた。 2人の5年に渡る結婚生活は、呆気なく幕を閉じた。 俺達は、母親が出て行った事を朱里に未だに告げられていなかった。 誤魔化し切れる問題では無いし、彼女に対して嘘はつきたく無かった。 2人で話し合った末、恋人の存在は明かさず、母親が戻って来ない事だけを話すという結論に達した。 3人で朝食を取りながら、先ずは他愛無い会話をし、そこから自然に話をする。 そう決めていた。 しかし。。 匠さんの様子ときたら。。 緊張の余り、声が上ずって目が泳ぎ手を何度も組み替えている。 全く。。 『俺が上手く話すから、千景君は傍で聞いててくれれば良いよ。』 な～んて、自信満々に言ってたくせに。 貴方、今、どうひいき目に見ても、明らかに挙動不審者ですよ？ 俺の好きな人は、もしかしてヘタレ？チキンですか？ そんなヘタレな匠さんを見て可愛いと思ってしまう俺もどうかと想うが、こればかりは仕方がない。 俺から話すか。。 口を開こうした矢先、匠が決意した表情を浮かべているのに気が付き、慌てて口を噤んだ。 『朱里。あの。。さ。ママの事なんだけど。。』 おぉ。遂に言うのか。頑張れ匠さん！ 『あの。ママはさ。。この家を。』 次の言葉が中々出てこない。 すると朱里が口を開いた。 『ママ。ないないだって。』 匠と千景は顔を見合わせ、同時に同じ言葉を口にした。 『えっ？何で知ってるの？？』 『ん～。ちぃちゃんがママだって。パパァ コエ(これ)食べて良い？』 『あ。あぁ。ちゃんと頂きますしてね。』 『は～い。うなうなう(頂きます)』 彼女が、既に母親から聞いている事に驚いたが、なによりもママが居なくなっても、寂しそうな素振りすら見せない朱里に、匠と千景は少し違和感を覚えた。。