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第1話

 ――まるで、このライブそのものに抱かれているかのようだった。    ※※※ (どうして……) 「ヒロ!」 「どうして君が、こんな僕なんかと……」 「ヒロー!!」  悲鳴にも似た絶叫が会場全体を包んでいた。  僕はそれとはまた別種の声を押し殺しながら、波立つ観客にただただ翻弄される。  観客の視線は全てステージの上に注がれていた。  そこに存在する筈だったボーカル、ヒロの姿を探しているのだ。  だけど、そこにヒロはいない。  何故なら彼は僕のすぐ後ろに……そして、ナカに、いたから―― 「調教開始だ!」  ステージではボーカルの不在を意にも介さず、ギターのサトシがいつもの決め台詞を投げかけていた。  それに応えるように、会場が黄色い声で満ちる。 (……あっ)  観客たちのざわめきに合せるように、周囲の人垣が揺れた。  それに押されて僕達の体勢が変わる。  僕の中の、彼自身も大きく動いた。 「……ぅ、あぁっ」  思わず漏れそうになる声を必死で抑える。  それでも身体中に広がる快感は押さえられるはずもなく、体中に甘く広がり僕の全身を小さく震えさせた。 (もう……耐えられない) 「……可愛いね」  淫靡な感覚に支配されつつある僕の意識に、優しく、そしてよく通った声が楔を打ち込む。  耳元で囁くその声は、もう何度も何度も聞いたことがある。  大好きな、憧れて憧れて止まないヒロのものだった。  ヒロは後ろから僕を抱き締める腕に力を込める。 「ひ……や、も、もう……っ」 「大丈夫。誰も見てないよ」  より深くなる結合とそれがもたらす快感への恐怖に思わず首を振ろうとする僕に、再びヒロは囁いた。  それと同時に、舞台から軽快な音楽が響いてきた。  ボーカル不在のまま、2曲目が始まったのだ。 「あ……しん、きょく?」 「こんな状況でも、すぐに気付いてくれるんだね」  耳慣れない、けれどもどこかいつもの彼らが纏うリズムにのったその曲にはっと呟くと、ヒロは嬉しそうに僕の耳に唇を落とす。 「ノリが悪ぃ! もっと跳ねろ! 全力で跳べ!」  舞台の上でサトシが吼えた。 「……だって、さ」 「……え?」  サトシの言葉を受け、ヒロはどこか楽しげに笑う。  その笑みの意味はすぐに分かった。 「あ……あ、あぁっ!」  観客たちが、まるで一つの生物のようにリズムに乗って動き始めた。  自らに投げかけられた言葉を忠実に守り、力いっぱい跳躍する。  当然、それは僕の周囲でも起こり……  それに合わせて、ヒロもまた身体を動かし始めた。  彼自身の熱を、更に僕の中へと抽挿する。 「ひぁ……は……んんんっ!」  唐突に激しくなった刺激に堪えきれず声を漏らす。  けれども周囲の喧騒は容易にそれを飲み込み溶かしていく。 「あぁ……あぁっ、ヒロ、ヒロっ!」  涙のせいか滲んだ視界に舞台を捕えながら、僕はひたすらステージにいない人物の名を呼び続ける。 「ヒロ……ヒロぉっ!」  ――一体どうして、こんなことになったのだろう。  全ては3ヶ月――いや、3年前から始まった。  僕が初めて『HIROS』のライブを見たあの時から。    ※※※

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