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第2話

 その瞬間、彼らの全てに引き込まれた。  たまたま友人にチケットを譲ってもらって、そして時間があったから見に行ったのが彼らのファーストライブだった。  ボーカルのヒロの雷のように鋭く、時に聞く者全てをとろかすような甘い歌声。  サトシのギターは繊細にも拘らず嵐のように激しくて。  ドラムのシュートが響かせる音はストレートに心臓を直撃し、ベースのユウタの低音は息を吸うようにするりと身体の中に入ってくる。  彼らの全てが僕の全身を支配した。  気付けばライブは終わり、僕は即座に次のライブについて調べていた。  彼ら……バンド『HIROS』を追いかけるのは僕の日課であり生きがいであり、そして僕の全てとなった。  朝起きると同時にブログや呟きを確認し、彼らの予定に変更がないかを確認する。  ライブ中は彼らに夢中になって、そしてライブが終われば再び彼らに会える日を焦がれながら待つ。  TVのような大きな媒体に露出することはまだほとんどないが、ホームにしているライブハウスでの公演は毎週行っているし、時には大きなイベントに参加することもある。  その全てに欠かさず――本当に一度も欠かすことなく、僕は通い詰めていた。  3ヶ月、までは。 「――コネでチケット取り続けるのもいい加減にしろよ!」  その日も幸せな気分でライブを見終えた僕は、唐突に路地裏へと引き込まれた。  そして気づけば、余多の女子にぐるりと周囲を取り囲まれていた。  ……うすうす不思議には思っていたけれども、愛の力のなせる業だと思っていた。  今やかなりの人気になったHIROSのライブ。  倍率の高いそのチケットに、僕は毎回当選を続けていた。  それでもさしたる疑問は抱かず、ライブに通い続けていた。  ただでさえ女性率が高い観客の中、そんな僕の存在はいつの間にか目立ってしまっていたらしい。  “気にくわない”が“不正野郎は許さない”に変貌するのも時間の問題だったのだろう。  けれどもそんな結論に思い至ったのは全てが終わってからのこと。  その時はただ訳も分からず、怒りと理不尽な暴力に身を委ねるしかなかった。  全てが終わり、怪我が全て治るようになるまで3ヶ月。  特に顔は、痣一つ残っていないか念入りに確認した。  多少の怪我や脅迫なんか、彼らのライブの前には全く意味をなさない。  だけど、少しでも汚れたものを彼らの前に出してはいけないと思ったから。  そして今日、僕は3か月ぶりに彼らのライブに参戦したのだった。  治療中も恋しくて愛しくて仕方なかった、彼らの音に包まれるために。  ――その、筈だった。  だけどステージが光に包まれた時、その上に立っていたのは3人だけだった。  ヒロがいない。  ボーカルの、ヒロが。  不安にざわめく客席を余所に、ライブが始まった。 「ヒロ! ヒロは……!」  僕も他の観客と共に、彼の名前を呼んでいた。  僕の耳元に答えが返ってくるまで。 「――呼んだ?」  僕に囁かれたその声に、聞き覚えがあった。  いや、間違えようがなかった。  毎週生で聞き、それ以外の時は何度も脳内で再生し続けていたその声。 「ヒ……ロ……?」  身動きできないほど観客が密集した会場で、僕は首だけを動かして何とか後方を確認する。  フードを目深に被りサングラスをしていたが、その美しい顔の造形、そして白さ。 「ヒロ……!」  思わず叫んでしまったが、それは観客の同じ叫び声の中に消えていった。  ヒロは僕に密着したまま、しっと言うように人差し指を立て僕の唇に触れた。 (……!)  長い、そして熱い指を直に感じた瞬間、全身に電撃のような痺れが走った。  驚きと緊張が体中をしはいするが、それでもヒロの意図を察し、それ以上反応するのを我慢する。 「いい子だね……やっぱり」  ヒロは再び僕の耳元に唇を近づける。  その声が、言葉があまりにも魅力的で、思わず聞き返してしまった。 「やっぱりって……ヒロ、僕のこと……」  ライブハウスの喧騒の中、彼だけに聞こえる声の音量を調整するのは難しかった。  だけどヒロは容易にそれを聞き取り、僕に言葉を返してくれる。 「知ってる。久しぶりに来てくれて、嬉しかったよ」 (……!) 「襲撃した相手は出禁にしたから、安心して」  知っててくれた。  僕がヒロたちを見ていたことが。  今まで一行通行だった想いが通じていることに、僕という存在を認識してくれている――  無言のまま感動で打ち震える僕の背後に、ヒロがより密着する。 「あ……」  満員のライブハウス内では珍しいことじゃない。  だけどその相手は、ありえない存在。  本来ならそのステージの上にいるべき存在が、どうしてここに、僕の後ろなんかにいるんだろう。  感動で隅に追いやられていた疑問が、今改めて浮かんできた。 「ヒロ、ライブは……」 「やるよ」  そう言いながらも、ヒロは更に僕に密着する。  どちらかと言うと背の低い僕に、覆いかぶさるように。  耳元にあったヒロの唇は、そのまま前へ前へと進んでいく。  そして小さく開いた形の良い唇は、捕食するように僕の唇に喰らいついた。 「……!」  最初に奪われたのは、悲鳴だった。 「……っ! ……っ、……んんっ!」  何度目かの驚愕の感情を声ごと吸い取られ、更にその隙間に熱いものが侵入してきた。  ヒロの舌。  空白を埋めるだけでなく、その舌は歌うように僕の咥内に激しい甘さを響かせる。 「……ん、んん……っ」  この舌が、あの歌声を発している。  それが今、僕の中にある……  そんな事実を冷静に理解する間もなく、僕はただヒロから与えられた感覚に翻弄され、素直に全身を、感情を明け渡していた。 「……ふ、ぁんっ!」  熱くなった身体に唐突に新たな刺激が走った。  ヒロの足が、僕の両足の間に差し込まれ、僕を抱いていた手が下半身へと下がっていく。 「もう、こんなにも反応してるの?」 「……っ!」  ヒロに触れられ、口付けられ、こんな状況にもかかわらず興奮してしまった僕に、ヒロは意地悪そうに告げた。  消え去ってしまいたい程の羞恥に唇を噛むが、次の彼の言葉に、そして行動にまた僕は驚かされることとなる。 「せっかちだね、君は」  ヒロの手が、僕のベルトにかかった。  いつの間にか、ボーカル不在のままライブが始まっていた。  彼らの十八番の、そして僕が大好きな曲が会場を満たす。  その音と観客たちに包まれながら、僕はヒロに翻弄されていた。 「……ぁ、ん、ぅう……っ」  ヒロはゆっくりと下着をずらしながら、音楽に合わせるように僕の下半身を弄ぶ。  熱くなった部分を、そして後方の窄みを。  観客たちの視線は全てステージに集中していて、僕たちに気付く人は誰もいない。  この会場に中心にいるのに、まるで世界に僕達だけしかいないかのように。  曲は次第に激しくなり、会場も盛り上がりを見せ始める。  それに合わせるかのように、ヒロは僕に密着する。  彼の熱を、直に感じる。  そして彼が何をしようとしているのかを理解させられる。 「やめて、それだけは……」 「俺だけに見せる顔、見せてよ」 「……っ」  抵抗はほんの一瞬だった。  優しげに囁くその声に、僕の全てが蕩けさせられる。 「いつもライブの時に見せてくれる顔……今だけは、俺に一人占めさせて」 「……本気にしてもいい?」  擦れる声で尋ねた時には、もう全てを受け入れる覚悟はできていた。  次の瞬間、僕の中にヒロが入ってきた。 「あ……あぁあっ、ヒロ、ヒロ、ヒロぉおっ!」  ステージから響く音楽に合わせ、観客たちが蠢く。  それに合わせるように、僕はヒロに犯されていた。  まるでこの世界そのものが僕を犯すかのように。  いや、僕にとって世界の全てはHIROS。  だから、事実その通りだった。  音楽は次第に激しくなり、観客たちの熱狂もますます昂っていく。  ヒロの動きもそれに合わせて激しさを増していった。  僕は声を上げながら全身を、腰を揺らしてそれを受け入れる。  いつもライブに参加している時のように……それ以上に。 「ひっ、ヒロ……ヒ……ロっ、あぁっ、あぁああああっ!」  そして音楽が最高潮を迎えた時、俺とヒロは同時に達したのだった――

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