108 / 111
Epilogue - Egoist War -4
「…しかし生々しさが売りなんて、根拠もなく言ったもんだ」
SFは肉を裂く過程、事切れる臨終までを切り取っている。
本当のリアルとは、その後に修羅場が此処まで尾を引くのだ。
回るフィルムは、矢張り作り物でしかない。
廃業するかと萱島は欠伸をした。
「それで副社長、今日はどういったご用件です」
先から背後に加わっていた気配へ声を掛けた。
萱島の読んだ通り、シアターの入り口には本郷が立っていた。
「…会社は辞めてきた」
「何ですって?」
「零区から真っ当な土地に移転しようが、相模は殺しを止めない。アイツと同居する限り、俺は表では生きていけねえからな」
それはお前も、同様じゃないのか。
ついつい振り返っていた萱島は、間抜け面を引っ込めて逡巡する。
確かに自分達は零区という居場所を失った。
此処で生まれ、此処で育ち。
今更白い世界に放られようが、溶け込めるべくも無かった。
ただ萱島は正直、深く考えてはいなかった。
改良版とは言え、∞は今も体内で変異を繰り返している。
明日突然、前触れもなく死ぬことだって多分に有る。
今まで通り刹那的に暮らし、然れど身銭には執着して楽しめればそれで良い。
「俺は貴方と違って、大義なんて溝に捨てましたからね」
フィルムは終盤に差し掛かっていた。
辞める間際になって気付いたが、この突然のパニック展開は妙に笑えた。
「まあ…唯一有るとすれば、一端の責任くらいなもので」
「責任?」
「国は執拗ですよ先生、恐らく今後も俺達は追われ続けるでしょう。アイツらは自分の星が滅ぶまで探求を止めやしませんからね」
頬杖を突いて最期の時を看取った。
完成品はどうあれ、当時の現場は割と白熱していた…と思う。
「捕まりませんよ俺は」
相手は意表を突かれた顔をしていた。
背面で見えないが、空気で何となく推測出来た。
「解剖してドロドロにされりゃ、今度こそ大先生の思考の影くらいは掴めるでしょう。掴めたとしたら、培養にはまあ至るでしょうね。そしたら」
「成る程…最高のバッド・メリーエンド、だな」
そうだパンドラの箱の中身が分かれば。
何処までも強欲な人という物は、希望の人工に向けて走り出す。
欲は限りなく。比例して代償も果てなく。
無言で肯定する萱島の背中を、本郷は奇妙な感覚で睨む。
同じくらい測り難い。この男は屑なのか、識者なのか。
「俺は先の為にも、戸和を追い掛けようと思う」
それが良い。
聞こえない声量だが、萱島が口中で呟いた。
きっとあのやたら目の輝いた少年も、直ぐに彼らを追って出立するだろう。
奇しくもあの日研究所へ忍び込み、父親の手ずから指輪を受け取った彼のこと。
曇り無い無謀さを持って、青年を止めてくれるに違いない。
戸和は経歴から、各地の非正規軍や革命家とコネクトを持っていた。
彼のカリスマ性に惹かれ、声を掛ければ幾人も傾倒し雪崩れ込むだろう。
そして膨張したテロリストらは、やがて真っ向からこの国へ牙を剥く。
弱体化した国政に些少でも波が起これば、次々と波及して崩壊の兆しすら見える。
それは果ては隣国に及び、海を隔てた大国にすら火の粉を投げ。
遂には世界大戦を巻き起こし、人民の全滅を齎す。
復讐に身を窶した青年が聞き入れるとすれば、
最後に本来持っていた情を垣間見せるとすれば。
唯一、渉というあの少年にだけだ。
御坂の息子であり、彼が愛した真っ直ぐな心にだけだ。
「…新世代の希望か」
ようやっと重い腰を引き上げる。
萱島の視界には、幕引きを告げるエンドロールが流れていた。
次々文字が走り抜け、画面外へと失せる。
最後に自分の名前を見送り、やれやれと上映室を歩き始めた。
「もう直に監査が来る、閉店です」
「ああ邪魔した。お前もさっさと退散しろよ」
「言われずとも」
手を振るだけで応える。
同時に出入り口へ向かっていた相手が、既の所で振り返った。
「どっかでまた会うかもな」
「勘弁して下さいよ」
「二度あることは三度あるって言うだろ」
実に彼らしい捨て台詞で本郷は去った。
光の漏れる出入り口を見やり、萱島はシアターで小説よりも奇なる現在までに溜息を吐いた。
映画は止まった。
真実の解明が終わった。
さてこれから襲い来る真の不測こそ、現実の苦楚であり、生に伴う醍醐味だった。
ともだちにシェアしよう!