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* 「ここいらの子も面倒事を抱えているのですね。」 「そうだな。でも神の下に皆平等であることに変わりはない。あの日一緒だった他の奴らもそうだ。なにか不幸なことと引き換えに幸福を得ている。親がいない分俺は才能をもらった。」 はて?『神の下』とはと首をかしげるとまるで異端なものを見るような眼が無遠慮に桜に刺さった。 「あぁ…東洋人は無宗教者が多いんだったか。あまり神に頼ったり、感謝したりしないのか?」 「そうですね。私も親には恵まれませんでしたから。恨むことはあっても感謝したことはありませんね。」 いっそルグリのように孤児であったならどれほどよかったか。と思ったことが幾度となくある。 しかし父と血縁があるから今こうしてここにいられるのだ、あながちすべてを否定してしまうわけにもいかない。 元々父が自分の才能を認めてくれていればこんなことにはなっていないが、今の方が自由で幸せだと感じられる。 鶏が先か卵が先かとはまさにこういうことだ。 桜の心にはこんな状況にした神を恨んだ長く辛い記憶が、例え過去のことであるとはいえまだ鮮やかに残っていた。 鬱屈とした記憶に思いをはせていると、青年の声がそのトリップした思考をこちら側へ呼び戻してきた。 「そうだ、昨日作品を作ったから坊ちゃんに見て欲しくて持ってきたんだ。」 まさか、こちらで屋敷の者以外に坊ちゃんと呼ばれる日が来るとは思ってもいなかった。しかも相手は同年代の男。首筋がゾワリとした。 「坊ちゃんはよしてください。私の名前はサクです。」 簡素に名前を交換した後、やはり彼も名前が言えないのだろう。 一度口に出してからまたもごもごと口を動かしている。 「先ほど来た青年は、私の名前の由来からセリシールというあだ名をつけていきましたよ。そちらで呼んでは?」 申し訳なさそうにこちらを伺う視線の謙虚さに、先ほど不遜な態度であだ名を置いて行った彼との間に血の繋がりはないといわれたことに納得がいった。 親は一緒なれど、育った子は違う人間だったのだろう。こちらはあちらよりも好感が持てる。 そして、本題に…と机の上に差し出されたのは小さな木片だった。 「紫陽花、うん?『小さな雨宿り』……。」 五センチにも見たないその作品は、削り傷や木のささくれに始まる小さいが故の雑さは欠片も見られず、丸く、丁寧に彫が入れられていた。 花の一つ一つ、葉の脈の一本一本まで細かく細かく作り込まれたその世界は、武骨な彼の容姿からはあまり想起されないような繊細さと優しさを兼ね備えている。 「見た目の割に可愛らしいものをお作りになるんですね。いい世界観をお持ちのようだ。」 久々に他人のいい作品を見た。将来の有望そうな、自分と同じ立ち位置でこの世界を回していくことになりそうな若人。 久しぶりの『同士』だ。そう思うと、口元が喜色にゆるむのを抑えられなかった。

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