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『嘉村、客人か?』
自分への客であれば仕事中とはいえなにか伝言があるだろう。
しかし、それもないし嘉村の個人的な客だろうか。
こちらで母国の言葉を喋る人間は自分たち以外にまだ見ていない。
嘉村の知り合いならば母国民であろう、わざわざこちらの言葉で喋らずとも…
『えぇ坊ちゃん。あなたに興味がありそうな若い才能がお一人いらっしゃっていますよ。』
『俺に?』
開いた扉の向こうにいた『客人』を見て、目が丸くなった。
人の顔は基本的に1度見たら忘れない―忘れたい奴もいるが―質の桜からすれば彼を見分けるのに苦労はいらなかった。
先日の悪ガキの四人のでかい内の静かな方。
灰色の髪にヘーゼルの瞳、ピアノを食い入るように見つめていた青年だ。
またか。
どうも、この間の侵入騒ぎで彼らに気に入られてしまったようだ。
こんな奥まったところまで乗り込んでくるような好奇心旺盛な若者がその奥まった場所で自分に興味を持つのはおかしいことではない。むしろ当然のことだろう。
これが客人としてでなければ盛大にため息をついていたところだ。
せっかく静かで理想的な生活を手に入れたというのに、三年もしないうちに面倒ごとに巻き込まれるだなんて。
「あなたはあの時の……。兄弟揃って私になんのようです?」
自分に興味があるという青年、しかもアレの弟。
嘉村に目で同意を得て部屋に入り一人掛けのソファへ腰を落とす。
自分の前に差し出された紅茶に口をつけるとほんのり香るフレーバーは懐かしいサクラの香だ。
できるだけ不機嫌がばれないように、これもまたさっさと追い返してしまおうと、軽く話題を振った桜に対して彼は何を言っているかわからないというような顔をした。
「兄弟揃って?」
「あぁ、先程までお兄さまが来ていらっしゃったのですよ。」
「おにい…ブハッ」
一瞬の理解の後に噴出した青年に訝しげな顔を向けるものの、そんなことはお構いなしに少年らしく腹を抱えて笑う。
いったい何がそこまで面白いかはわからないが、彼からしたら噴出ものの話だったのだろうがこちらからしたらついていけない。
ひとしきり笑った後で、目じりに溜まった涙をぬぐいながら、それでもまだ笑い交じりにあの黒い青年とは実の兄弟ではないということを教えてくれた。
母国でも家無し子が奉公として都会で住み込みをしているのは珍しくない光景だ。こちらでもそれがあるのだろう。世界の構造は大体どこでも同じなのだなと思いながら紅茶をすすった。
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