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桜花は独りがお好き?
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元々、人間付き合いは好きではなかった。
東の果ての母国でも、気が合う友人は両の手の指に収まる程度でその小さな世界の中、両の手が届く範囲が自分の国だった。
学校で次々にお題を出してくる者達の相手をしていたのもしつこくされるのが嫌だったのと新しい知識が手に入ることへの欲が五分五分と言ったところで、別に構ってもらえるのが嬉しかったわけではなかった。
と思う。
こちらへ渡ってからもそうだ。
マリアと嘉村と3人のパトロン以外で訪れるものはほとんどいない最小限の人間関係。
それで事足りるしこれ以上は必要ない。
それなのに、
面倒そうな悪ガキが入り込んだかと思えば三日と開けずにまた訪ねてくるなんて……。
見たところ自分とそんなに年が離れているわけではなさそうだが言動がどうにも子供っぽい。
仕事の邪魔をされていくらか不機嫌なところに、名前を教えろだのあだ名で呼んでいいかだの……うるさい。
こういう輩はハイハイと返事をして帰してしまうのが一番だ。
まぁ、名前が言えずに自分の舌と格闘している様は面白くないこともなかったが。
何がなんでもモノにしてやろうというような目は嫌いだ。
そのモノが友人であろうが手下であろうが面倒くさい。
『ダメだ。進まない。』
あの青年のせいだ。思った通りの色が乗らない。
描けないものは無駄に悩むより気分転換した方がいい。
仕方ない、小腹もすいたし休憩がてらなにか食べよう。
キャンバスの脇に筆とパレットを半ば放り出す勢いで置き、桜は部屋を出た。
嘉村に言って甘いものを出してもらおう。
マリアの作る菓子も嫌いではない。
しかし、筆が乗らない時は嘉村が作った甘味がいい。
小さい頃曽祖父に連れられてきた時も、おはぎが食べたいと嘉村に縋ったことがあった。
小豆なんてこっちにはないし、もち米もない。
困りに困った嘉村は、
「坊ちゃん、どら焼きではいかがでしょう?」
と言ってどら焼きによく似たマカロンを持ってきた。
やけに洒落たどら焼きだなと思いながら口に含んで想像していた味とは全く違うそれに目を白黒させた記憶はなかなかに鮮やかだ。
そんなことを思い出しながら、ほとんど同じ様子のドアが並ぶ長い廊下を一番奥まで進む。
ノックしようと拳を握ると微かに人の話し声がした。
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