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ひとしきり笑ってから目元に溜まった涙を拭き、一言非礼を詫びてからノワールと自分の関係についてを話すと二人はすんなり納得してくれた。
「ここいらの子も面倒事を抱えているのですね。」
「そうだな。でも神の下に皆平等であることに変わりはない。あの日一緒だった他の奴らもそうだ。なにか不幸なことと引き換えに幸福を得ている。親がいない分俺は才能をもらった。」
自分の言葉に不思議そうに首を傾げる主人に、パン屋の奥さんが言っていたことを思い出した。
「東洋人は無宗教者が多いんだったか。あまり神に頼ったり、感謝したりしないのか?」
「アァそうですね。私も親には恵まれませんでしたから。恨むことはあっても感謝したことはあまりありませんね。」
そういってどこか遠くを見るようにティーカップの中を見つめる若主人に、部屋の空気がなんだか重苦しくなった。
ちらりとヨシムラを盗み見ても、こちらもどこか憂いのある表情でティーカップに口をつけている。
ぼんやりと流れる重く呆けた空気から一番に脱却したのはルグリだった。
「そうだ、昨日作品を作ったから坊ちゃんに見て欲しくて持ってきたんだ。」
ポケットの中をまさぐるルグリの「坊ちゃん」という言葉に主人は居心地が悪そうに横髪の先を指に絡めた。
「坊ちゃんはよしてください。私の名前はサクです。」
「すぁく?」
とっかかりのない発音はルグリの舌を容易に滑り抜けていった。
人の名前を言い間違えることは失礼に値する。口の中で何度か転がしてみるもののあまりうまくいかない。そんな様子を当の本人はどこか楽しそうな目で見ていた。
「先ほど来た青年は、私の名前の由来からセリシールというあだ名をつけていきましたよ。そちらで呼んでは?」
毛先をくるくるといじりながらいうサクにそれではお言葉に甘えて…と前置きし、本題に入ろうと昨夜彫った小さな木片を彼の前に置いた。
「紫陽花、うん?『小さな雨宿り』……。見た目の割に可愛らしいものをお作りになるんですね。いい世界観をお持ちのようだ。」
五センチにも見たないその作品と作ったのであろう本人を見比べてセリシールはクスリと笑った。
元々薄かった唇がさらに薄く、深く弧を描く様子がルグリの目を捕らえた。
かけられた言葉を危うく逃しそうになるほどにその光景は美しく、儚く、それでいて挑戦的に見えた。
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