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* 「坊ちゃんはピアノの音が気に入らないとすぐになにか彫り始めるのです。微妙に音質が変わるらしくやりすぎてピアノに穴が開くのではと何度ひやひやしたことか。」 という割にヨシムラの顔は楽しそうにほころんでいる。 主人のことが可愛くて仕方ないんだというのがひしひしと伝わってくる顔を眺めながら、ルグリは出された紅茶に口をつけた。 ふわりと漂う嗅いだことのないフレーバーに肩の力が抜けた。 抜けると同時に、素朴な疑問がポロリとこぼれる。 「彼は音楽家でありながら彫刻家でもあるのですね。」 ルグリと同じように紅茶に口をつけながらヨシムラが応える。 「そうですなぁ。坊ちゃんはピアノも弾きますし、バイオリンも嗜みます。歌もお上手ですし、舞踊もこなします。それに加えて彫刻も致しますし、絵もお描きになります。」 「彼は…、自分のバターとバターの駄賃に加えて、ミルクとケーキも持っているような人なんですね。」 妬ましさが口をつくように出た皮肉にヨシムラが返そうと口を開くと同時にコンコンと乾いたノックの音がそれを遮った。 『嘉村、客人か?』 聞きなれない言葉は数日前に聞いた彼らの母国語だ。普段は母国の言葉で喋っているのかと思いながら、自分はどうすべきなんだろう身を固める。 『えぇ坊ちゃん。あなたに興味がありそうな若い才能がお一人いらっしゃっていますよ。』 『俺に?』 ざっくりと自分が来ていることを伝えてくれたのだろう、小さくきしみながら黒檀のドアが開いた。 「あなたはあの時の……。兄弟揃って私になんのようです?」 「兄弟揃って?」 「あぁ、先程までお兄さまが来ていらっしゃったのですよ。」 「おにい…ブハッ」 まさかノワールと自分が兄弟に見られるだなんて! 確かに兄弟も同然に育ってきたがそう思うことは一度たりともなかったせいか、真面目な顔でお兄様なんていうヨシムラが可笑しくて仕方がなかった。

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