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17年前ノワールの両親に拾われ、物心がついてすぐ。
彼らの営むパン屋を手伝いながらその賃金で木材や彫刻刀を買い揃えた。
小さな彫り物や家具への彫刻をこれまた日銭に変え、そしてまた彫り。いつか彼らに恩返しするためにとコツコツ貯金を増やした。
16になる頃には一部屋買える程になったそれを大きな麻袋に入れて差し出すと、夫妻はそれを大事に受け取り、顔を見合わせた後そのまま彼に手渡した。
『私たちの稼ぎじゃ満足に小遣いもあげられなかったから、これはお前の好きなように使いなさい。』
ルグリがなんと言っても、夫妻はそれを受け取らなかった。
成人を迎える誕生日に一家に別れを告げると同時に家を買って、家具をすべて自分で作った。
ベッドは適当に、仕事のために使う机と椅子は頑丈に長時間の彫刻にも耐えられるように自分の体にぴったりなものを。
「ん…。」
久しぶりに見た走馬灯のような夢は、なにか自分を変えてくれるような気がしていつもは悪い寝起きも今日は幾分かマシだ。
昨日彫った小さな紫陽花をポケットに突っ込み台所に立つ。
適当にバゲットを切り分けて冷蔵庫の中にある食材をこれまた適当に挟む。それだけで充分うまい。
作った半分をバスケットに収めて家を出る。
机に散らばった木材と彫刻刀を突っ込んだせいで少々持ち重りのするナップザックを肩に引っ提げていつか走った道を辿った。
「この辺…じゃなかったか?っ!?」
がさりと背の低い木の枝を押し下げると、グッとしなったそれは案外固く、意思を持つかのように跳ね返ってきた。
細かい枝の一本が滑らかに肌を捌いて、そこから血がこぼれる。
「はぁ…。」
たまたま持っていたハンカチで適当に止血をして先を急ぐ。
視界が開けたのは十分ほど歩いた頃だ。
庭を突っ切って玄関に立ち、立派なノッカーでドアを叩く。がちゃりとドアを開けたのは
「こんにちはヨシムラさん。」
燕尾服の初老の男だ。ぺこりと頭を下げると驚いた声音が降ってきた。
「おやおや、立て続けですかな。その腕はどうなされました。」
「たてつづけ?さっき森を抜けるところで木に引っ掛けてしまって。」
事情を話すと、ヨシムラは裂けた二の腕を手当しようとルグリを屋敷に引き入れた。
こんな奥深くに住んでいるのだ、あの若い主人は人嫌いの気があるのだろう。
こんなに簡単に人をあげてもいいものなのだろうかと思いながら執事のあとをついて部屋に入る。
通されたのは彼の居室だろう手狭な部屋だ。クローゼットもベッドも机も椅子も古めかしい、しかし質の良いものだ。
そういえばあのピアノにはあんなにせわしなく彫刻がされていたのにここのものは随分と大人しい装飾しかない。
「あの、あのピアノは誰が彫刻を入れたんですか?」
腕に消毒液をかけてガーゼを当てるヨシムラに少しだけドキドキしながら問うてみると
「坊ちゃんです。」
と、さも当たり前のように返事が放られた。
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