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灰色忠犬彫刻刀に恋をする

* 「悪魔…悪魔の箱。」 寝ても覚めても緑の館で見たあの光景が、 あのピアノが頭にこびりついて離れない。 決して禍々しいものが彫り込まれていたわけではない。 どちらかというと花や鳥やウサギのようなかわいらしいものが彫り込まれていたというのに、 それを『悪魔の箱』と思ってしまうのはなぜだろう。 ルグリは一人ベッドに寝転がってそんなことを考えていた。 できることならもう1度、今度はもっと近くに寄ってよく見せてもらいたい。 いったいどういうことを考えてあのピアノにあんな彫り物をしたのか。 まだ彫り込み続けているのか、 それともあれで完成なのか。 グルグルと頭の中を思考が駆け回っていて眠るどころじゃなかった。こんな時は何か彫るに限る。 ギシギシなる簡素なベッドから反動をつけて起き上がり、同じく簡素な、でもこちらは丈夫な机に向かう。素早く引いた椅子の座りも背もたれも自分にゆったりとフィットする。 小さな木片を手に取ると太めの彫刻刀で雑多に彫りを入れる。 下書きなんかしない。 今やるのは頭をすっきりさせるための無心の彫刻、 ただ思考に合わせて彫り進めるだけもの。作品というよりは自分の感情を吐き出すためのものだ。 シャッシャッと刀の音が小さく部屋に響く。この前仕入れたばかりのクスノキは柔らかくて彫りやすい。 まずは角を削って丸くする。 円筒から徐々に球へ、そこからさらに中心へ向けて彫る。 薄くなっていく球の左上に穴が空いた。 そこから右へ楕円形に小さく細かい彫りが入る。 使いづらい大きな刀から細くて小さい刀に持ち替え、小花を彫る。 ここまでくるともうこれがなんなのかわかった。 左側へ葉を彫り込んでその上に巻いた殻を持つカタツムリを乗っけて刀を置く。 机の引き出しを開けて中からアルミ板を引っ張り出して机に置いた。 「んー…そうだな...」 ルグリの作品には大なり小なりすべて名前がつく。 ベッドには『脆弱な恋人』 椅子には『縁の下の兄弟』 机には『頑強な相棒』 取ってつけたような名前ではあるが名は体を表す。とばかりにしっくりくる。 ルグリは小さな金槌と鏨(タガネ※)をペン立てから引き抜き幾許か考えて 『小さな雨宿り』 とケガいた。 先ほどの作品の台座に合わせて板を切り、接着剤で側面に貼り付けた。 明日これを持ってもう一度緑の館へ行こう。 そう思いながらベッドに入った。 考えをすべて吐き出したからだろうか、さっきとは違ってぐっすり朝まで眠れた。 ※鏨(たがね) 金属に彫刻すをする時に使う、大工さんの「ノミ」みたいなもの

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