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サクはその後、まだ仕事の途中だからとノワールを部屋の外へと追い出した。
まだ話し足りないと思っていたがドアの向こう側からかちりと小さく鍵をかける音がして、がくりと肩を落とすしかなかった。
「んでも、今回はでかい報酬があったな...シャ…すゃ...セリシールの名前がしれた。あだ名もつけた。これで一歩リードだな。」
クツクツと喉がなる。いつになくワクワクして、楽しい気分だ。
まるで謎解きの最初の鍵を誰よりも早く手に入れたようなそんな気分。
「随分御機嫌ですな。」
不意に階段下の廊下に男の声が入り込んできた。
自分ひとりだと思っていたためにノワールの肩がビクリと大仰にはねる。
「えぁ、えーっと、ヨシムラ、さん?」
「えぇ、いかにもヨシムラですよ。」
前にここに迷い込んだ時に街まで馬車を出してくれたのは彼だ。
見た目にも優しい嘉村だが、笑顔のまま発せられた言葉はどこか警戒しなければいけない気がする。
「坊ちゃんの怒鳴り声が聞こえたので何事かと思っておりましたが、ご機嫌を損ねましたかな?」
普段使い慣れてない敬語も、この人にはちゃんと使わなければいけない気がする
「えぁ、あー、そのー、必要以上にノックしちm…しまして...。なんて言ったのかはわかんなかったけど、怒られた気がする、ます。」
仕事の邪魔をしたことを言外に責められているきがしてどこか後ろめたく思いながら目線を合わせずにボソリと呟く。
「あぁ、やはりですか。坊ちゃんは自分はせっかちでおられるくせに他人に急かされるのはお嫌いなのです。マリアに言われませんでしたかな?」
「い、言われ、ました。んでもっ」
くいっとロマンスグレーの整ったまゆが持ち上がる。
それはやはり、ノワールを責めているようにしか見えない。
でもどうしても一目会いたかった。
百合を渡したかった。
言葉を交わしたかった。
それは自分勝手な願いだ。
だから何も言い返せない。
悪いことをしたら怒られるのが当たり前だが、普段から怒鳴られるのになれているノワールにとって、柔らかいままの声で、諭されるように叱られることなんて今まで一度もなかった。
どうせなら冷たく対応してくれた方がこの居心地の悪さをなんとか出来るのにと思ってヨシムラを見上げた。
ヨシムラは未だにこやかな表情のままである。
そして口のはしをあげて器用に片目だけを閉じて口を開いた。
「坊ちゃんに好かれたいなら、ジリジリ少しずつ間合いを詰めるのがよろしい。出方を伺いながら、あなたが近くにいることが当たり前になる頃には、随分仲良くなれていることでしょう。」
にこやかに放たれた言葉は予想外にも自分を応援する言葉だった。目がぱちくりする。
仕事の邪魔だ二度とくるなと言われると思っていたのに、おちゃめにウインクしてくる目の前のすました男は頑張れと背を押した。
それだけ。たったそれだけの事実で
「あ、ありがとうございますっ。また、またくるんでっ」
なんでもできる。そんな気がしてノワールは屋敷を後にした。
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