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 あれからイヴェールと言葉を交わすことはおろか、目を合わせることすらなかった。身体の向きからして常に僕の反対で、露骨に嫌悪を示しているのがわかる。 「あーあ。人間なんかと同じ空間にいなきゃなんねーなんてまじねえわ。あの教頭なに考えてんだよ。インテリ兎のくせに頭わりーんじゃねえの」 「……いい加減にしろ!お前はいつも口が悪すぎるんだ!少しは慎め!」  口を尖らせるイヴェールの頭をコタ先生が両手で乱暴に撫で回す。きちんと揃った丸みを帯びたシルエットの髪の毛が、無造作に遊びまわっていた。   「おいッ俺の頭に触んな!くそ、朝から整えた毛並みが台無しじゃねえか」  舌打ちをするイヴェールは、慣れた様子で制服の裏ポケットから平たいコームを取り出した。銀色に光るそれを髪に通し、膨らんだしっぽも念入りに梳かす。横目で見ていたコタ先生は呆れた顔をした。 「お前はいつも暇さえあれば毛艶ばかり気にして……。如月家の名が泣くぞ」 「うるせえ。コタには関係ねえだろ。なに、俺の毛並みが美しいからって僻んでんの?生徒に注意してばっかじゃなくて自分にもちゃんと気を遣えよ、センセ」  長く伸びた足を組み、顔をツンと上向かせながら尻尾を揺らす姿に、コタ先生は額に手を当ててため息を零した。  僕たちに興味をなくしたのか、イヴェールは黙々と乱れた毛並みを直す。横柄な態度とは裏腹に、その仕草はどこか洗練されていた。 「あの、獣人の生徒は、みんなこんな感じなんでしょうか」  目上であるはずのコタ先生との会話も堂々としていて、自信に満ち溢れている。獣人は上下関係を重んじると聞いていたので、生徒と教師の関係にしては砕けすぎている二人に違和感を感じた。    忘れ物を思い出したかのようにコタ先生は手を打つ。 「ああ、癖の強い生徒はイヴェールただ一人だけです。このクラスは穏やかな気質な子が多いですよ。しかしこいつの家柄が少し特別でして……」 「特別、と言いますと?」  特別な家柄。新しい情報に、僕は紙とペンを取り出し強く握った。研究者としての好奇心が疼きだす。 「昔に比べて獣人はハーフが増えました。今では同じ血統で続く獣人は少なくなりましてね。イヴェールは血統を守り続けている、由緒ある一族の獣人なんです」  プライドが高くて生意気なのもそのせいでしょうね。一言付け加えたコタ先生は舌を出す。  軽口をたたく口調でありながら敬意が滲んでいるのは、血統への憧れだろうか。ペンを走らせながらふと思う。 「俺を他の獣人と一緒にされちゃ困る。身体のしなやかさ、毛艶、感覚の鋭さ、どれをとっても如月の血は優れてる」  突然立ち上がり、機嫌が良さそうに尻尾をくねらせながらイヴェールが近づいてきた。聞き耳を立てていたんだろう。耳が小刻みに動き、満足そうに微笑んでいるのがその証拠だ。 「如月(きさらぎ) イヴェール。如月の名前は記録に残しておけよ。そんでもっと褒めたたえてもいいんだぜ?人間」 「は、はあ……」  いっそ気持ちいいくらいの傲慢さと、褒められた喜びが隠しきれないかわいらしい尻尾にどんな反応を返せばいいか迷った僕は、とりあえず握手を求めることにした。

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