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「時間が早いからまだ誰もいないけど、そのうち生徒が集まってくるのでそれまでゆっくりしてください」
教卓に出席簿を置くと、弥生先生は生徒のものだろう窓際の席に座る。すると机に突っ伏し、とろんとした目でため息をついた。
「あー天気がいいなあ。こんな日は眠くて仕方ないんですよね。睦月先生も一緒に日向ぼっこしませんか」
「いえ、僕は結構です。お疲れなんですか、弥生先生」
「疲れてなんかないですよ。ただ、こうあったかいと、つい……。あ、そうだ、俺自分の名字嫌いなんですよね。生徒からはコタ先生なんて呼ばれてるんですが、よかったら睦月先生も下の名前で呼んでください」
「なるほど。わかりました、コタ先生」
半分まぶたを閉じながら、弥生先生改め、コタ先生は満足そうに頬をゆるめた。
距離が縮まった感じもするし、愛称で呼ぶのは今後の人間関係にプラスになるだろう。
どんな生徒がいるのか胸を期待に膨らませていると、突然、大きな音を立てて教室の扉が開いた。心臓が喉から飛び出しそうになる。
大股で入ってきたのは、白に近い金色の耳としっぽが目を惹く若い獣人だった。
「あ?おい、コタ! またオレの席で寝てんじゃねえよ。このぼんくら教師」
「あー悪い悪い。でもまだ早いんだからもーちょいいいだろ。この席、日当たり最高なんだよなあ」
「知ってる。だからオレの特等席なんだよ、邪魔だ、どけ」
制服を着ているためここの生徒なんだろう。獣人の生徒は金髪を揺らし、まなじりを吊り上げ、椅子から蹴落とす勢いでコタ先生を足蹴にしている。さすがに観念したのか席を譲るコタ先生だったが、しっぽは名残惜しそうに垂れていた。
「だ、大丈夫ですか?コタ先生」
「ええ、まあ、日常茶飯事なので…。こいつはイヴェールって言うんですが、毎日朝イチで登校してくるんですよ。なんでも一番じゃないと気が済まない、小生意気な奴です」
教師を前にしてもどっかりと椅子に背中を預け、机に足を投げ出している姿はまるでこの教室の主であるかのようだった。
皮肉を言われ、イヴェールと呼ばれた彼は眉根を上げる。
「誰が生意気だ………って、おい、なんだコイツ。耳もしっぽもねえ。まさか」
「はい。人間です。獣人のことをもっと詳しく知るために、三ヶ月間この教室でお世話になります。よろしくね」
「ハアアアア?聞いてねえ!なんで人間が獣人のテリトリーに入ってくんだよ。下等な生物と三ヶ月も顔を突き合わせんのか?まじかよ、おい、コタ」
「せっかく来てくれた睦月先生になんて口きくんだ。教頭先生の発案で急に決まったんだよ、こんな機会滅多にないんだから仲良くすること。いいな」
舌打ちをしてそっぽを向くイヴェールは、心底気分が悪いとでも言うように長いため息を吐く。
人間と獣人との溝は深いと覚悟はしていたが、実際に敵意を剥き出しにされるとさすがに堪えるものがある。精一杯の笑顔も引きつったまま戻らない。
「すいませんね、睦月先生。コイツ誰にでもこんな態度なんで気にしないでください。ね、ほら、リラックスリラックス!」
へそを曲げたイヴェールと凍りついた笑顔の僕を見かねたコタ先生のフォローが、胸に染み入る。大きな手のひらで肩をほぐしてくれるコタ先生に感謝しながらも、僕は前途を憂うのだった。
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