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「柚木 」
その呼び声は、振り返らなくてもわかる。岡嶋直人 だ。隣には、先週とは別の、だがどことなく似た雰囲気の女の子が居るに違いない。
ほら。
振り返った僕は呆れた眼で岡嶋を見た。最初こそ付き合っていた彼女はどうしたんだよと驚いたが、1ヵ月のあいだに連れている女の子がころころと変わっていれば、慣れたものである。
「帰り?」
「岡嶋も?」
「俺は飯食いに行くとこ。柚木もどう?」
「僕は」
岡嶋の隣に居る彼女を一瞥した。
岡嶋が彼女を紹介しないのは、すぐに別れることを前提としているからだろう。僕が彼女のことに触れないのは、次に会うとき、別の女の子が隣に居るとわかっているからだ。
「早く帰って寝たい」
「だよな。そんな表情 してる」
はは、と岡嶋は笑った。
「こんな時間まで大変だな、広告代理店てのはさ」
会社を出て岡嶋に会うと云うことは、午前2時を過ぎていると云うことだ。
大学時代にバイトをしていたバーのマスターに気に入られ、そのままそこに就職した岡嶋。今や店長の肩書きを持っている彼が働くバーはこの界隈ではないのだが、仕事終わりに行くお気に入りの店が近くにあるらしく、僕の残業がバーの閉店時間である2時を過ぎた日にはよく会う。その都度彼女は変わっていて、同じ顔を見たことがない。彼女が怪人二十面相と云うなら別だが。
かれこれ10年か。大学の新入生歓迎会で知り合ってからずっとこの調子だ。それ程遊び人には見えないが、人は見かけによらないと云うし、1人と長く付き合えない性分なのだろう。
「ほんと、毎日お疲れさん」
ぽんと僕の頭に乗せる、その大きな手にも、もう慣れた。なのに、それでも、疲れて心が弱っているときは、きつい。
「岡嶋も。おやすみ」
岡嶋の手をのけ、顔は見ずに踵を返す。
「柚木!」
追いかけてきた岡嶋の、手が肩を掴む。
「なに?」
「海行こうぜ、海」
「なんだよ急に。行かないよ」
「いいじゃん、もうすぐ盆休みだし。予定ないだろ」
ありがたいことに、僕が勤めている広告代理店は、仕事の進行具合や時期にもよるが、基本的に土日祝に加えGWや夏期、年末年始と短いながら休みがある。その代わりと云うのか、給料は他の同業種の会社に比べてかなり安い。
「ないけど。行かない」
「沖縄とかさ、どう?」
「だから行かないって。大体、沖縄なんて、今からだと予約取れないだろ」
「取れたら行く?」
「取れたらね」
「云ったな。キャンセルなしだぞ。また連絡するから。おやすみ」
しまった。上手に乗せられた。
気付いたときにはもう、岡嶋は僕に笑顔で手を振りながら彼女と歩いていて、僕はそれを見送っていた。
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