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第1話
一日の仕事を果たした太陽が沈み、代わりを月明かりと蛍光灯が請け負う、夕時。狭山の会社でも、仕事に一段落をつけた社員が、ぽつぽつと席を立ち始める。
「そうか、相沢もとうとう結婚か!」
コートを着込みながら雑談をする集団から発せられた、嬉々とした言葉。その言葉に狭山は驚愕し、声を上げる代わりに、確認の為目を通していた資料をバサバサと足元へ落とした。
「俺はまだ、独身を楽しみたいんですけどねえ。何せ親が煩いもんで」
話題の中心人物である相沢は、恥ずかしそうに頭を掻いて笑っている。彼の言葉に、またまたぁ〜、と笑い声が湧き上がった。楽しそうな雰囲気が、一人、デスクに座ったまま呆然とする狭山の所まで伝わってくる。
相沢は、狭山より五つ歳上の、同じ職場の先輩だ。新入社員であった狭山の教育係を務めたのも、この男である。
__先輩が、結婚だなんて。
突然叩きつけられた祝話に、狭山の目の前は真っ白になった。
……無理もない。狭山は密かに、相沢に恋愛感情を抱いていた。無口で人と関わるのが苦手な狭山とは対照的な、明るく陽気な性格や、誰に対しても平等に笑いかけるその人柄に、いつからか狭山は惹かれている。
勿論相沢は異性愛者で、ゲイである自分が気持ちを伝えることなど到底できない。狭山は、想いをひた隠しながら彼を目で追って、時折彼にキスをされ、抱かれる空想をするという現状に満足し、受け入れていた。
だが、そんな相手が結婚ともなると、話はまた変わってくる。彼もいずれは結婚し、子供をつくるんだろうということは、狭山にだって判っていた。故にこの想いは、いつかそうなったときに、自分の中でしっかり区切りをつけようと、前々から決めてもいる。
だけど。
__嫌だ、先輩、待って。やめて……
頭の中には、どうにも区切りをつけられないそんな気持ちが次々と降り積もり、蟠っていく。
傾けずとも耳に入る談笑の声から逃れるよう、狭山は席を立った。
現実を受け入れるために。……また、現実から目を背けるためにも。
「やめて、それだけは……」
口からは、声に出すつもりはなかったであろう、うわ言のような呟きが漏れる。やはり心の準備をいくらしていようと、失恋は辛いものだ。ましてや狭山のように長い間想いを育んでいた者にとっては、言語道断、嘆き悲しむも現実に背くも、仕方の無いことだろう。
大好きであるはずの相沢の笑顔も、今の彼にとっては息苦しい、己を苦しめるものでしかなかった。
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