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第1話

◇◇ 臼田(うすだ)とは、只のクラスメイトで、特別仲がいいわけじゃなかった。 席替えで、たまたま席が近くなったら挨拶するくらいの、関係。 「ーーお祭り?」 思わず、たった今言われたのと同じ言葉を反復すれば、臼田はこくりと頷いて、「一緒に行かない?」と小首を傾げる。 「…お祭り、って……あの、金魚すくいとか、りんご飴とか、…そういうの?」 「…うん、そうだけど」 一応確認の為に聞いてみると、それ以外に何があるの、と言わんばかりに黒目がちな瞳に見つめられ、言葉に詰まる。 だってお祭りって、カップルとかで行って、浴衣姿褒めあって、わたあめとかかき氷とかをお互いに食べさせあって、お化け屋敷で密着して甘い雰囲気になる……そんな場所じゃないのか。 そういう所は彼女と行くから楽しいわけで、男二人で行ったって、きっと何も楽しくないだろう。 ましてや、大して話したこともない、クラスメイトとだなんて。 臼田には悪いと思ったが、断ろうと思い口を開きかけてーーそれより早く、臼田があっと何かに気付いたように声をあげた。 「もしかして秋鷹(あきたか)、もう誰かと行く約束してたり…するの?」 「あ、いや…」 まだ誰とも約束はしていない、そう言おうとして、はと思い留まる。 どうせ断るのだ。それなら、もう約束してしまったと嘘をつけばいいじゃないか。 …しかし、その思いが実現することはなかった。 翳った臼田の瞳を見た途端、言おうと思っていた言葉がひゅっと喉の奥に消えてしまったのだ。 どこか悲しそうにも見えるその瞳は、真っ青な空を覆う、分厚い黒い雨雲と同じ色をしていた。 今にも降り出しそうな、あの雨雲と。 その瞳にどんな複雑な感情が織り交ぜられているのか、自分には正確に読み取ることは出来ない。けれど、何だか…ほっておいてはいけないような気がした。 数秒の後、……観念して、はあっと息を吐き出す。 「……まだ、誰とも約束してない、けど」 意を決してそう言った瞬間、臼田の瞳がぱっと華やいで、きゅっと閉ざされた薄い唇が半弧を描く。 よかった、と嬉しそうに呟いた臼田の頰は、ほんのりと紅潮していて。 「……っ」 ーー不覚にも、一瞬だけ、臼田を可愛いと思ってしまった。 男に可愛いって、なんか気持ち悪いような気もするけれど……でも今の臼田は、本当に可愛かったのだ。 「……お祭りって、明日だっけ」 何となく、明日だったような気がする。 そんなうろ覚えの記憶で尋ねてみれば、臼田はそうそう、と頷いた。 「明日の土曜日。時間は…確か、朝の10時から22時くらいまでだったはず」 「……ふぅん」 無数の星が浮かぶ、夜空の下。 屋台のぼんやりとした光の中、人混みに揉まれながら、はぐれないようにくっついて。 隣を見れば、浴衣を着た臼田がいて、楽しそうに笑っている……。 ーーうん、…中々悪くないかも。 「……いいよ」 そう言えば、臼田は本当に驚いたような顔して、信じられないといった具合に、ぱちぱちと目を瞬かせた。 「えっ、いいの?本当に?」 「…何だよ、お前から誘ってきたくせに」 「そうだけど、…でも、本当にいいって言ってくれるとは思ってなかったから」 臼田は頰を僅か赤らめて、また嬉しそうに笑う。 その顔を見ていると、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。 「……土曜日の、午後五時。…神野内公園の入り口の前に集合。……忘れないでね?」 そう言った臼田の顔は、本当に嬉しそうで、…けれどどこか、寂しそうにも見えた。

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