1 / 3

トップノート

「アッ!……くそっ! 抜けよ!……いっ、アアッ!」 背中が痛い。尻も痛い……のに、ちょっとゾクゾクする。さっきからずっとAVみたいなエロい声がする。つーか、俺の声だ。 ちくしょう。信じらねぇ。なんでだ!? なんでこんなことに……!? 山口高雄(やまぐち たかお)は激しく揺さぶられながら、自分に覆い被さる相手を睨みつけた。 高雄は高校二年生。 ピアスに金髪。生意気そうな瞳。身長は168センチで、可もなく不可もなくの顔立ち。 そして、ちょっとヤンチャなタイプである。 夏休み前、高雄の通う高校は三学期から新校舎に移った。旧校舎は夏休みに入ってから解体予定だが、それまで放置されていたので、不良の溜まり場みたいになっていたし、お盛んな生徒にも人気だった。 さすがにまずいと思った教師達が旧校舎の見回りを強化し、サボリ常習犯の生徒をマークしたことで、旧校舎を利用する生徒はめっきり減っていたが。 そんなある日、高雄は抜け道を見つけた。 理科準備室に繋がっており、どうやら他の生徒は気付いていないらしい本当の穴場だ。 理科準備室は高雄だけの秘密の場所になった。 エアコンなんて気の効いたものは無いが、放置された草木が生い茂っいて外からは死角になっている。良い具合に日陰になっており、窓を開ければ気持ちの良い風が吹いた。 高雄はちょこちょこと授業を抜け出し、抜け道を通って、この秘密の場所でタバコを吸ったり、漫画を読んだりして、一人の時間を満喫していた。 今日も午後の授業をサボって秘密の場所に来たのだが、この日は先客がいた。 「げ、満重じゃん」 「……」 満重光之(みつしげ みつゆき)。 背が高く、すらりとしていてモデル体型だ。涼しげな一重の目が印象的で、女子どもは最近ドラマにも出ている歌舞伎役者みたいだ、美形だとキャアキャア言ってたっけ…… 高雄からしたら、遠くからだと見えてんのか分からないような細い目で無表情だという印象だったが。 それにしても、なぜこいつがここにいるんだろう。満重はサボるようなタイプの生徒じゃない。こいつはいわゆる優等生だ。 成績はトップだし、クラスの男子みたいにぎゃあぎゃあ騒いだりしない。もちろん高雄みたいにタバコを吸ったり、酒を飲んだり……などの悪さもしない。 クールで品行方正、漫画のキャラみたいな完璧男だった。 それがまさか、授業をサボリ、旧校舎の理科準備室にいるなんて思いもしなかった。 ───嫌なやろうに会ったぜ。 高雄は準備室のドアを開けたところで固まってしまう。 満重は椅子に座って本を読んでいたようだが、ちらりと例の細い目で高雄を見て、興味なさげに視線を本に戻した。 ───はいはい。俺なんて眼中にねぇんだろうよ。 高雄はムッとして準備室に入り、わざと音を立てて椅子を引き寄せて座った。右足をドカッと机の上に乗せる。それでも満重はこちらを見ようとしないので、左足も机の上に乗せた。 満重はいつもこうだ。クールな鉄面皮。 だが一度だけ、満重が感情を露にしたのを見たことがある。 高雄が放課後の廊下で教師に捕まり、タバコを取り上げられたときに満重とすれ違ったことがあった。 あの時、満重は珍しく顔を歪めて嫌悪を露わにした。すぐに視線を外されたが、高雄はひどく腹立たしかったのを覚えている。 今も満重は高雄の存在を無視するように、決して見ようとしない。 「優等生ちゃんがサボリですかぁ?」 イライラした高雄は満重に絡んでみた。 「ココ。俺が先に見つけた穴場なんですけど?」 満重は変わらず涼し気な顔で本を読んでいる。 「……んだよ。無視すんなよ」 高雄はチッと舌打ちして、隠し持っていたタバコを出した。すると、満重のこめかみがぴくりとした。 「なに? もしかしてお前も吸うの?」 からかうようにタバコを差し出してみたが、またしても無視された。 ───なんなんだよ。こいつ…… 高雄はタバコを口に咥えて火を付けようとしたが…… 「やめろ」 ずっと無視していた満重に突然きつい口調で止められたので、高雄は思わずビクッとした。 ほんのちょびっとだが、ビビってしまった自分が恥ずかしいやら悔しいやらで、高雄は構わずにタバコに火を付けた。 「……やめろと言っている」 顔を上げると、満重は高雄を睨むように見ていた。眉間に皺を寄せて、あの日の廊下でのように嫌悪を露わにした表情で。 ───澄ました顔よりはマシだぜ。 いつも表情を崩さない満重の嫌そうな顔が面白かった。高雄はタバコの煙を胸いっぱいに吸い込み、満重に向かってわざと吐き出した。 「なんだぁ? おぼっちゃんはタバコがけむたいのかよ? なら、さっさと出てい……」 言いかけて、天地がひっくり返る。 立ち上がった満重が高雄を突き飛ばしたのだ。ガターン! と派手な音を立てて椅子がひっくり返り、高雄も床にひっくり返った。 「いてぇな!! この野郎ッ!! いッ……!」 不意をつかれて無様にひっくり返った高雄の体に上から押さえつけるように満重が被さってきた。

ともだちにシェアしよう!