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第24話

ラブホではなく一般的なホテルに連れてこられた。 旅行でもないのに泊まるだけが目的で、 こんないいところ来る必要が?と疑問だ。口には出さないがかたまっていた。 零を優しく支配する俺様は、ご満悦の表情でソファーに座っている。 「進藤の家が贔屓にしてるから、融通きくんだ」 「さすがセレブ」 手を引かれて歩く。 バルコニーに出ると、夜空に輝く星が見えた。 「夜景より好き。冬とはまた違った星が見えるね」 夏の夜空に浮かぶ星々の名前は知らない。 天音が牡羊座であることは、 覚えているけれど。 零の星座は、ふたご座。 早めの誕生日だから二十歳は来ている。 再会してからそんなに時間は経っていない。 よりを戻して三か月も経っていないし、あの時は誕生日が来ていなかった。 (いや、初めては高校の時だから関係ないけど……)  二人で星を眺めていると天音が腰を抱いてきた。  ぐっ、と肩を掴まれたと思ったら、キスが重なっていた。 「……部屋に戻ろう」  こくりと頷く。  握られた手の力が半端なく強い気がする。 (うるさく鳴り響く心臓の音に気づかれませんように) ソファーに座る。 天音は冷蔵庫から何かを取り出していた。 持ってきたのはワインのボトルだ。 銘柄はよくわからないが、きっと高級品だろう。 「飲まねえ?」 「……お酒は飲めないよ。  知らなかったっけ?」 「酔った姿見たいんだけど体調悪くなるなら無理させられないしな」 「見なくていいし!   誕生日の夜に両親がお酒を出してくれたんだよ。  一口飲んで、無理なのわかったから飲まないことにした」  出されたのはビールだったが美味しいとは思えなかった。 「真面目ー! そんなん飲んでみなきゃわからないじゃないか」  天音はグラスにワインを注いでくれる。  どちらも同じ分量。  グラスに半分ほど注がれた白ワインは、  濃厚なアルコールの香りがした。 「やばそうだったらやめろよ?」 「うん」  余裕そうな天音は、唇を歪め零とグラスを合わせる。  嘲笑する視線に悔しくなった。 「おい。飲み会でも一気飲みは推奨されてないぞ」 「だいじょうぶだよ……うん。  これくらいで寝落ちなんてしないし」  天音は唇を湿らせた程度でグラスを置いた。  零の様子をうかがっている。 「本気で疑ってたの?  浮気なんてするはずないでしょう。  天音好みに開発されてる僕が、  クラスメイトの女子にゆらゆらしちゃうわけないじゃん」 「……開発ねえ。確かに俺好みにしつけてる途上だわ」 「ん……」  交わしたキスはワインの味がした。  お互いの間で水の橋ができている。  こつん、と額同士をぶつけた。 「酔うとかわいいな」 「……かわいい僕の話を聞いてくれるでしょ?」 「ああ。どうぞ?」  天音の膝に乗った状態だ。 「フォローとかじゃないけど、  天音と付き合っていることを打ち明けても  変に思わなかったし流すこともなかった。  普通に受け入れてくれた。  天音とヨリを戻してすぐ伝えたんだけどさ。  その話をしたきっかけに前より親しくなったんだ。  好きになったら関係ないやんって、  軽く言ってくれて……」  滑舌(かつぜつ)ははっきりしていた。 (今は素直に本音を晒せる) 「……へえ。いいやつじゃん。  お前と仲良さそうなのがむかついて  牙向いてしまったんだけど。  そういう理解者がそばにいるのはありがたいことだ。  でも気づいたこともあって」 「うん?」 「俺のクズ兄貴と付き合っている時、  浮気されて別れただろ。  しかも兄貴の相手は同性。零の話を聞く限り  最終的には許してたんじゃないかと思う。  兄貴は、年上だけど仕事以外はてんで駄目。  弟にガキって思われるくらいだからな」 「いい子すぎたんだ……」 「零じゃなくて別の相手ならとことん応援してやるよ」 「そうだよね」  言ってやらない。  向こうはどうせわかっている。  天音しか受け入れられない。  同性、異性関係なく彼一人しか愛せない零に。 「従順だけど、クソ生意気でかわいい零を愛してるよ」 「喜んでいいところ?」 「褒めてしかないだろ」 「天音はガラ悪いしSっ気強いし、  僕以外相手してくれる人いないと思うよ」 「零くんはそんな俺が大好きと。相性抜群だろ」  ソファーの上に組み敷かれた。  シャツの裾に手が潜り込む。  ふらちなゆびさきは肌の上をさまよい、  右手は上半身、左手は下腹部を刺激し始めた。  アルコールのせいか簡単に体は熱くなる。 「酒で駄目になったりはしないみたいだな」  敏感な場所を大きな手が撫でまわし、唇を押さえる。  くぐもった声は相手をより興奮させるとも知らずに。 「……天音、好きぃ」  唇からこぼれた言葉は、激しいキスが  奪い取ってしまう。  しつこいほどのキスに翻弄されてくたっとなった零は、  抗えない睡魔に誘われるまま眠りに落ちた。  すやすやという寝息を聞いた天音は 「……信じらんねぇ」 と一言呟き、天音を抱き上げた。 キングサイズのベッドの上、無遠慮に転がす。 その隣に横たわり、小さく息をついた。 「熱が逃げるまで眠りにつけそうにないな……いや」  喫煙者ではない天音は、終わった後 タバコを吸ったりする習慣はなかった。 瞼をゆっくりと押し開く。 やけにすっきりした気分だった。 見たこともない天井、とんでもなく広いベッドの上にいるようだ。 肘をついてこちらに視線を送るのは、甘くて意地悪な恋人。 「た、天音……、今何時?」 「昔の曲で時間をたずねるやつあったっけ。   風情がねえけど」  部屋は真っ暗で外からの明かりも入ってきていない。 そんなに時間は経っていないはずだ。 「……零くんが寝落ちして二時間ほどかな。  まだ日付変わってもねえよ。よかったな!」 ぽん、ぽんと肩を叩かれる。 薄い明かりだけがつけられて彼の艶めかしい肌が浮かび上がる。 いや、こちらも上半身は裸だった。 「ど、どうして脱がす必要が……」 「これから俺と遊んでくれるんだし服なんて邪魔だろ」 「遊ぶ!?」  組み敷かれて、心臓が跳ねあがった。 「蛇の生殺し食らわせたのお前だよな?」  くいっ、と顎に指がかかる。  吐息が混ざるキス。  大好きな人の腕の中で朝まで何度も、果てを味わった。  緩慢な動作でシャツのボタンを留めるのは、  彼がこの時間が名残惜しいと言っているみたいだ。  きゅんとした零は、背中を向けて自分の身支度を整え始める。  チェックアウトは10時。  七時に目を覚ました二人は、部屋についている浴室で  シャワーをした。 「……こっち見ないでよ」 「見なくても鏡に映ってるだろ」  洗面室の鏡に映っている自分の身体には、  無数の赤が刻まれていた。 (つけすぎ! 首の辺までつけるなんてルール違反だよ。  襟まできっちりボタン留めなくちゃ)  背中を抱きしめる腕を感じ、身をよじる。  立ち姿も端正な天音は、ジャケットまで着ていた。  首のボタンを留めた手を掴み口づけられる。  真後ろに立ち、身体を囲いこまれると体格差を感じドキドキしてしまう。 (20センチ違うなんて、ずるい) 「寝落ちしないってどこのどいつのホラだよ?」 「不可抗力なんだから仕方がないだろ」 「慣れてないなら慣れていけばいいか。  俺の愛に飼い慣らしてやればいい」  ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられ、涙目になる。  しょうがないなという風にブラシで髪を整えてくれる大きな手。 「今日もかわいい」 「……ありがとう」  髪をセットしてくれたお礼だった。  マンションのチャイムを鳴らすと笑みを張り付けた母親が出迎えた。 「おはよう零、今日は昼帰りね」 「零ママおはようございます!  大切に愛でて傷つけないように朝まで過ごしましたから」  すでに朝帰りの時間ではない。 「いらないこと言わなくていい!」 「天音くんなら安心ね。どう、ランチでも食べていく?」 「じゃあおじゃましまーす」 「羞恥心はないの!?」  開き直っている天音は平然と零の家にあがりこんだ。  ドライブデートをして帰ったので午後12時を過ぎている。 「これ、お好きですか?」  天音は、バッグの中で帰りに買った東京銘菓を取り出した。  東京の旅行土産でド定番のお菓子である。 「大好物よ。ありがとう!」  抜け目がない天音は零の家に来る時、  お土産を欠かさない。  母親がいる時は必ず持参する。 「零ママは美人で優しいし大好きなんですよ」 「天音くん、リップサービス上手いわね」 「本音ですから」  二人の会話を聞きながらリビングでお茶を飲む。  昼帰りをしたので当然ながら、出してくれるはずもなく  自分で冷蔵庫から出した麦茶を飲んでいた。  天音には、アイスコーヒーが出されている。 「扱いが違いすぎる!」 「車で送ってくれたんだもの」  母親の声がダイニングから聞こえてきた。 (そりゃあ麦茶くらい自分で淹れるよ……うん) 「零に親友ができたんですよ。 俺たちのことを理解と応援してくれている子だし、許そうかなって」 (えらそー) 「よかったわ。天音くん以外、誰ともかかわらないなんてことにならなくて」  電話を受けたし、誰かは知っているはずだった。

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