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第23話

草壁はどうして、かまい続けるのだろう。 天音と付き合っていることを知っていて、 偏見なんて持たずに応援してくれていた。 (と思っていたんだけど) 席に着いたら草壁咲来が隣に座ってきて、びくっとした 零は、落ち着かなく視線をさまよわせた。 「零、おはよう」 「お、おはよう……話って何?」 「ランチ一緒に食べへん?   その時に話すわ」 軽い調子で言われた。 (警戒を削ごうという作戦なのか?) 背が小さい零と違い、咲来は長身なのでもっと後ろの席でよかったはずだ。 気にしないでいいかと講義に耳を澄ませる。 この講義の教授は、的確に要点をまとめてくれるのでわかりやすい。 ノートをとりながら、講義に集中することで邪念をかき消した。 そうして午前の講義を終えたが短い休憩ごとに、 かまってちゃんを発揮する草壁咲来のせいで疲れ果てた。 午後の講義が始まるまでの休憩時間は、たっぷりある。 「……ごめん。今日は運よく零の隣に座れたから 調子に乗ってもーた」 「別にいいよ」 受ける講義が違うので天音はここにはいない。 午後の講義を終えたら校門で待ち合わせはしているのだが。 「今日、お弁当なん?」 「母親が作ってくれたんだ。食堂で食べるよ」 「今誰もおらへんしここで食べへん?  私も自分で作ってきたお弁当あるし」  お互いに取り出したお弁当箱を長机に置く。 (こんなの天音に見られたら、殺される!!)  大学の同級生同士が二人でお弁当を広げていても  別におかしいことはないのだが。  異性同士だからって、誰かに冷やかされる筋合いもない。  仲のいい友達なのだから。  お弁当箱の中身は三食ご飯と、小松菜のおひたし、  人参のグラッセ、煮豆。  別添えで冷凍みかん(溶けた)だ。 「豪華やな!」  そういう草壁咲来の弁当は似顔絵オムライスだった。  何やらツンデレの表情を浮かべた人物がケチャップで描かれている。 「かわいい。よく描けてるね」 「零をイメージして描いてみた」  にこっと笑いかけられると、どう反応していいかわからない。 「……零をいただきまーす!」 「変なこと言うなよ!」 「恥ずかしいの?  DTとちゃうくせに」 「馬鹿なこと言うな」 (性別でどうこう言うつもりないけど、デリカシーがないんだから。  受け身なんだからDTだよ。悪かったな)  ぱくぱくと食べ進めている咲来を横目に見ながら、  母手作りの弁当を食べ始める。  母親は午前からの講義の日は弁当を作りたがっているが、さすがに遠慮した。  午後からの講義の日は家で食べてから出ることが多いし、  作ってもらうのは変わらないが。  普段は学食を食べることの方が多い。  咀嚼をしながらゆっくり会話をする。 「年に何度かのお楽しみだから。  いつもは学食だから」 「ええんちゃう?  お母さんも零のお弁当作りが楽しみなんよ」 「うーん。でも甘えすぎるのも」 「甘えさせてもらえるうちは甘えとけばいいんやって。  私は共働きやし、負担減らすためにも作ってるだけや」 「ああ……ええと年の離れた弟さんもいるんだよね」 「中一やね。結構生意気やけどかわいいんよね」 「へえ」  弁当を食べ終えてタンブラーのお茶を飲む。  零が携帯を取り出す合間に、咲来も食べ終えていた。 「前に零のことかわいいって言うたやん」  唐突に切り出されてぽかーんとする。 「今も思ってるで。  こんなかわいい零と付き合ってる進藤弟がうらやましい」 「進藤弟……」 「兄貴と同じタイプとは違うんよな?」 「まったく違うよ!   浮気とかは絶対しないタイプだし、  ええと……僕を溺愛してるから」 「のろけられた!」 「重いくらいの愛をもらってます」 「……いいなあ」 「何が」 「私も零と付き合いたい」 「冗談でも言わないでよ。  うちのママもどっちとも付き合ってみればなんて  言ってたけどそれこそ人としてやばいでしょ」 「それでもええけど。  だって、私、抱かれたい方やし」 「も、もう。やめてくれない?」  大胆な発言をされ顔を赤らめる。  そんなことできるわけなかった。  一度の過ちで天音とは終わってしまうだろう。  あんなに一途に思ってくれる彼を裏切るなんて、  想像するだけで恐ろしい。嫌悪する。 「……ごめん。  本気に好きやからって言いすぎた」 「いや……  僕は天音がいるから草壁の気持ちを  受け入れたりはできないだけで」  客観的にみれば草壁咲来は美人だし、モテる部類だ。  屈託のない人柄は男女とも関係なく友人も多い。 「私も友達でいられなくなるようなことは、  言ったらあかんよな。  仲直りして散歩でもいこ!」  向けられた笑顔にうなずいた。  外に出ると学生たちが行き交いにぎやかだった。  その時、天音より少し背が高い男性と、  小柄な女性(女の子?)が仲良さげに歩いているのが見えた。  咲来は、二人に目が釘付けになっている。  彼女は零の腕を引っ張りこそこそと物陰に隠れた。 (巻き込まれてる) 「……見せつけてくれるわー」 「ええと知り合い?」 「兄ちゃんとその恋人や!」 「理想のツンデレだっけ」 「初対面の時もツンデレの香りがしたんやけど、あれは相当やな」 「お兄さん、草壁に似てるよね。  男性だからかっこいいって感じだけど」 「私は?」 「きりっとした美人だと思う……」 「あの子みたいなかわいい感じになりたかったんよ!」  通り過ぎて行ったカップルは美男美女だった。  小柄な女の子の方は唇を尖らせて長身の男性を見上げているのが、  ツンデレというやつなのだろう。 「草壁は草壁でいいじゃん。自分以外になんてなれないんだから」 「……じゃあ好きになってくれる?」  少しハスキーな声は独特の色気はある。  だが天音に身も心も落ちている零には魅力的には思えなかった。  でも懇願する声は可愛くて思わず頭を撫でていた。  背が高いので上に手を伸ばす形になる。 「妹みたいな友達だよ」  目を丸くした咲来だが次の瞬間、口元は緩やかな弧を描いていた。 「姉よりええかな!」 「てめぇ、何やってんだよ。ああ!?」  その時、ドスの効いた低い声が響いてきて恐怖に震えた。 「な、な、天音、なんでここに」  動揺で自分が何を口走っているのかわからなかった。 「あ、進藤、ごきげんようさん」 「ごきげんようさんじゃねえよ。  兄貴と終わった次は、零の方に行くのか?  まったくタイプ違うだろうが!」  ぐい、と腕を掴まれる。  憤怒の形相の天音は、すさまじい力で零を腕の中に捕らえた。 「零も零だ。さっき、こいつの頭を撫でてただろ」 「草壁とは友達だよ。知ってただろ」 「そうやで。友情にまで口を出すなんて  どんな独占欲なん」 「……僕が悪かったんなら謝るし  償うから草壁のことは悪く言わないで」  険悪な雰囲気を変えたくて口にする。  さすがに公衆の面前で触れ合ってはいけなかった。  どこで誰が見ているかわからない。  そう。妹が兄カップルを見かけることがあるように。 「……零、ごめんなさい」  気まずそうな咲来は、零を置いて大学の中へと戻っていく。 「男友達はいないのに、なぜか草壁とは  仲いいんだよね」 「いないんじゃなくて、  お前の視界から消してるんだよ」  恐ろしい事実に震えが止まらなくなる。 「……消すってどういうこと」 「零に近づいたら、恐ろしいことになるって  優しくお伝えしてるだけ」 「っ……こわ!」 「一億歩譲って草壁のことは大目に見てやるよ。  あれに言い寄られてもお前にはどうしようもないだろうし?」  大木に押し付けられて、抱きしめられた。  木に身体が縫い留められている。  彼の纏う香水は纏って数時間が経つはず。  ラストノート。  この香りが何度、混ざり合ったかわからない。  降り注ぐキスは、しつこくて逃れられない。  二人の夜を連想させるみだらなキスに、  腰から砕けて天音の背中にしがみついていた。 「……うん。   天音に抱かれるのに慣れてるから」 「どうやら何か言われたみたいだが。  自分の本質は理解できているようで何よりだ。  誘われても変な気を起こすなよ」  腰を支えられ、深いキスが続いた。 「起こすわけないじゃん……っ」  口蓋を吸われ、じっとりと絡められたら  脳内に白い光が瞬いた。 「信じてるぜ」  なんていう男は、ふらついた身体を支えてくれ、  大学内まで一緒に連れて行ってくれた。 (いや、こうなってるのは天音のせいなんだけど……  元の原因は自分だから)  結局、ほだされてしまう。  惚れたら負けなのだ。 「零、今日の夜はどこかへ泊まろうか。  俺の部屋ばっかりじゃつまらないし、  ちょっと気分を変えてみよう」 「もったいないよ」 「夜景を二人占めしながら楽しく夜を過ごすのもいいんじゃね?」  わけのわからないことを言われて、朝帰りは決定した。  面白がる母に報告しなければいけないのが憂鬱だ。  明日は何もないというのも天音には知られていたため、  抵抗する術をもたなかった。      

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