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第22話
会社の最上階を家族専用スペースとして別荘のようにしている進藤家だが、本宅?はドン引くレベルだった。
どこまでも続く長い塀。
城壁のように守りは完璧で不審者対策もばっちり。広大な庭を取り囲むように母屋と離れに別れた和風建築の家がある。
「極道? 池に錦鯉泳いでそう」
「違うわ! 泳いでるし蓮池もある」
「……あるのか」
「大したことねえよ。
管理の問題でハウスキーパーを住み込みで何人か雇ってるけどな」
「ハウスキーパー……」
やっぱり別世界の人間なんだ。
零は御曹司の天音との違いを思い知っていた。
「俺の部屋に行こうぜ。
高校の時も来たことなかったよな」
「楽しみにしてた」
肩を抱かれる。
チャイムを押すと勝手に扉が開いたので、
天音と共に中へ吸い込まれていった。
広いからかとても静かに感じる。
外は和風だが中は洋風の造りの家だ。
零の家ならにぎやかな母が出迎えてくれるのだが、
ここは静まり返っていた。
「こっち」
ぐい、と腕を引かれた先に家庭内エレベーターがあった。
「停電したら階段使うけどな」
もはや開いた口が塞がらない。
天音が3階を押すとエレベーターが動き出す。
「セレブの家はどこも一軒家にエレベーターついてるの?」
「……親父が派手好きなんだよ。
成金だからだろうな」
(成金って……そうだっけ)
エレベーターが三階に着くまでずっと手を握られたままだった。
「天音、おっかえりー!」
エレベーターを降りた途端、天音は正面にいた人物に
抱きしめられた。
黒髪、右耳にピアス、無地の白T(ティー)に黒い皮パン。
天音と身長の高さは同じくらいの男性だった。
目の前で繰り広げられている光景を唖然とした心地で見ていた
零だったが、天音の深いためいきに我に返った。
「こっちはどれだけ耐えてるかわかんねえの?
離せ……兄貴」
ぐい、兄の身体を突き放した零は天音の身体を引き寄せた。
「愛しい弟の久々の邂逅なんや。しゃあないやろ」
「その似非関西弁やめろ!
前付き合ってた相手の影響かよ」
関西弁……零をかわいいと言ってきた女子も
バリバリの関西弁だった。
「……咲来、俺が悪かった。帰ってきてくれ」
急に泣き始めた天音兄。
(え……そんな偶然ってあるの……まさか)
「浮気した兄貴が悪いんだろうが。
草壁はもう吹っ切ってるぜ」
「え、あの……」
「君が噂の零くんか。
めちゃかわだ……やべ」
今気が付いたという風に零の方を見てきた。
さっき未練?で泣いてたくせにどういうことだ。
(見た目はチャラさが倍増しした天音)
「初めまして……僕は」
「こんなドクズに自己紹介なんてしなくていい」
天音の腕の力が強くなる。
引きずられるように廊下を歩く。
「次は零を狙っちゃおうかな。
めっちゃ俺好み!」
(……勘弁してよ!
なんで元恋人同士の二人から
狙われなきゃいけないんだ)
「……あいつ、マジでクソだな!」
ご機嫌が急転直下で悪くなっている。
天音にずるずる引きずられて、カードキーで開かれた部屋に導かれた。
部屋に入ると自動でカギが閉まる仕組みのようだ。
「すでに疲労困憊だよ」
「零、お前……草壁の名前に反応してなかったか?」
「し、してないよ。な、なんで?」
「お前ほどわかりやすいやつもいないんだけどなあ」
顎を掴まれほっぺをぐにっと押しつぶされる。
「い……たっ。や、やめて」
少し涙目になってきた。
「正直に答えないと、お前ここから帰れなくなるけどいいのか」
「なっ……」
「零ママに今日は俺ん家に泊まるって連絡すればいいよな。
お前の家、理解力が高(たけ)ぇし問題なくね」
「問題あるよ! 面白がって聞いてくるだろ!」
「いいじゃん。あの人ほど応援してくれる人もいないと思うぞ」
部屋に入ってすぐドアドン(笑える)され、
中には進めないが、広すぎる部屋には
必要最低限の家具が置かれているのが見えた。
独りで眠るには広いベッドも見える。
大きな窓はカーテンが引かれたままだが、
部屋に入った途端、照明のスイッチがONになったので支障はなかった。
抜け出せない腕の中でもごもごと答える。
「この間、かわいいって言われた。
好みなんだって」
「罪深い零は元恋人同士の二人に狙われてんだな」
「他人事みたいに面白がらないでよ。
さっきもびっくりしたんだから」
「……零も小悪魔気質なんだよな」
腕の柵から逃してくれ、ソファーまで連れ立って歩く。
「天音のお兄さん、雰囲気は違うけど
顔はそっくりだったね」
「顔は似てるのが嫌だな。
一途な俺とは全然違う」
くい、再び顎が捕まれる。
抗えない引力で瞳を閉じると深く唇が重なった。
「んんっ……」
繰り返される長いキス。
角度を変えてついばみ、舌を絡める。
息継ぎをする時、天音の顔を見たら目が潤んでいたし
鼓動は早鐘を打っていた。
同じリズム。
零の鼓動も同じくらい早い音を刻んでいた。
髪をかき混ぜられ、狂おしい視線が注がれる。
もどかしげにシャツに手が入り込み、
ソファーに組み敷かれた。
「余裕なさすぎ」
「仕方がないだろ。
さっさと二人きりになってこうしたかったんだから」
香水の匂いが、肌に伝わってくる気がした。
「初めて……た、天音の部屋に来たんだけど結局……これ」
「そんな首筋までほてらせて言われてもな」
シャツの中に差し込まれた手はそのまま肌をたどる。
敏感な突起をいじられて、声を押し殺した。
太ももに触れる天音のスラックスからは、
彼の焦熱が伝わってきてぞくぞくした。
「久しぶりだから……僕も触れ合いたかったよ。
でもちょっと待ってくれてもいいんじゃない」
流されかけてストップをかける。
「……悪(わり)い」
きっと零に抵抗されるとは思っていなかっただろう天音は、
少しバツの悪い顔で、離れた。
覆いかぶさっていた大きな体が離れ、
さみしさを感じるのはわがままが過ぎると自分でも感じる。
(でも止まってくれた)
「せっかく二人で俺の部屋にいて、
他の奴の話をするのも癪だな」
「いいよ。天音と話せるならどんなことでも
楽しいから」
乱れた衣服を整えてくれ、自分も居住まいをただす。
天音は強引な俺様だが、優しいのだ。
ソファで少し距離を開けて座る。
しばらくすると備えつけの冷蔵庫から炭酸飲料を持ってきてくれた。
握らされたペットボトルと天音を見比べ、お礼を伝える。
「ありがとう」
「復刻してたから買ったんだけど
俺、ス〇〇イトが好きなんだよな」
「うん。僕も」
甘い中に酸味があるのがいい。
ふたを開けると爽快な音と共に泡が少し立つ。
吹きこぼれなかったのに安堵し口をつけた。
「……嫌な奴に出くわしたな。
くそ……実家にいても滅多に会わないのに何で今日に限って」
「そういうのってあるよね」
「零、兄貴のは悪い冗談だと思う。いや思いたい……。
女子と付き合っといて浮気相手は同性だから、
今後も油断できないんだよな」
「え……え?」
「草壁はわからん。
知りうる限り女子と交際した話は聞いたことはない。
かわいいものを愛でるのが好きとは聞いたことがある。
だからお前は守備範囲」
曖昧にうなずく。
「……兄貴はスキンシップが大好きで美人の最高の女とか、
よく自慢してたのに浮気なんかして半年の関係が終わった。
浮気したのは兄貴だからそれに関して草壁に非はない」
「なんで浮気する気になったんだろう」
「魔が差したんだって。
草壁にクソ兄貴に二度と顔見せるなやいうといて!
とか伝言頼まれて伝えたうえで聞いたら答えた」
「最悪……」
もっと他に事情があるのかもしれないが、
魔が差したというのも間違いでないのだろう。
じっ、と天音を見上げる。
「お前、俺を疑ってんの?」
「そんなことで簡単に終わったら悲しすぎるなって思っただけ。
僕は浮気しないから」
(天音もしないでね!)
瞳に力を込めて見つめる。
天音は、顔を赤らめたのをごまかすように
ペットボトルを傾ける。
炭酸の泡のように弾けてしまうのは嫌だ。
不安定な要素がある恋だからこそ、
お互いに歩み寄りも必要だと感じる。
テーブルにペットボトルを置く。
おでこを重ね合わせて摺り寄せる。
朝帰りになることはなく夜のうちに送ってくれた。
家に帰ると母が玄関で待ち伏せていた。
「お帰りなさい」
「ただいま……」
「あのね……草壁咲来ちゃんって子から電話があったのよ。
零は天音くんとデートだからいませんって
伝えたら明日は朝の講義が一緒だから、
待ってるって」
「……わ、わかった」
そういえば草壁には家の電話番号を教えた。
(さすがに携帯の番号やアプリのIDは教えてないけど)
科も同じだし何かあった時のために必要と思い、
教えたが、何か緊急事態でもあったのだろうか。
(それより詳細まで伝えなくていいだろ。
出かけてるくらいにしとけよ!
プライバシーの心外だっ!)
母親のあけすけな態度に今日一番の疲れを感じていた。
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