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第21話
鼻をすする音に驚いたのか、天音からの反応が返らない。
「……どうしたんだ。泣いてるのか?」
本気で心配している声だ。
「天音、あのゲーム、なんなの。リアルすぎて怖いんだけど」
「ちゃんとクリアできたみたいだな。やるじゃないか」
「バッドエンドの方、えげつなさすぎる。
あんな未来迎えたらしんどいよ」
「ちゃんと感情移入できる
ゲームになってたみたいでよかった」
「腹立ったから、データは全部消したけどね」
「……もう泣くなよ」
「泣いてない」
「本当に?」
電話の声は、近い場所から聞こえた気がした。
「零、天音くんが来てるわよー」
間延びした母の声がした。
急いで玄関に向かう。
タイミングが良すぎるから、部屋の前で電話をしていたのだろう。
「ゲームクリアおめでとう? さすがだな」
かなり機嫌がよさそうだ。
天音に頭をがしがしと撫でられて振り払う。
ゲームの相手キャラと同じ顔……いやゲームキャラの
モデルが天音なのだ。そして、零が主人公のモデル。
「自信ありそうだったからどんなものかって思ったんだよ……
極悪の天音」
「……ぶはっ。顔見た瞬間に好きな相手に極悪言われたし!
くそ生意気だな!」
「ゲームじゃなくて現実じゃなきゃ嫌だ。
とんだ鬼畜野郎でも目の前にいる天音がいい」
抱きついたら驚いたようだったが、すぐ抱き返してくれた。
「天音くん、今日は手作りのプリンがあるわよ。
零と一緒にリビングへいらっしゃい」
「プリン、いただきますっ!」
喜びに満ちた声を出す天音に長い足を踏みつけたくなる零だ。
ゲームを楽しんだのがそんなにうれしかったのだろうか。
(しっかり両方のエンディング、見たけどね!
バッドエンドの方、夢落ちのラスト以外は、
まんま現実の天音だった。むしろ通常のエンドの方が、
気持ち悪かった気がする。キャラが違いすぎて)
手を洗ってリビングに行くとテーブルにプリンの器が用意されていた。
カラメルソースの上にさくらんぼが載り、みかん、ホイップが飾られている。
「プリンアラモードじゃないですか。零ママ、すごい」
「それほどでもないわよ。
スプレーチョコも遊び心で飾ろうと思ったんだけど
今回はおしゃれかわいいを目指してみたの」
えへへと笑う母を見てスーパーの冷蔵スイーツコーナーで
こういうのを見たことがあるのを思い出した。
「そういえば、食べる前に気になることがあるんだけど
聞いてもいいかな?」
テーブルに肘をついている母の意味深な微笑みに心臓がばくばくする。
「零って……ごめんなさい。
こういうのを聞く嫌な母にはなりたくない」
(この人、40過ぎてたような。何を聞こうとしているんだ)
その時、天音がとんでもないことを口にした。
「やだな……零ママってば。
零はとっくの昔に美味しくいただきましたよ」
「オイ!」
「頂かれたってことはチェリーボーイじゃないってことかなって?」
「……この間もそういう話したよね。二度目だよ!」
(家出したくなってきた)
天然だから悪気はない。
息子をいじって遊ぼうとかそういう悪意はないはずだ。
母は天使の微笑を浮かべてこっちを見つめている。
「零は受け身だからどうなのかってことでしょう。
零ママは知りたがりですね」
零は悪ノリしているようだ。
こぶしを握りぷるぷると震わせる。
「……もうプリン食べちゃうからね!」
プリンをスプーンで掬う。
「プリン、どう? カラメルソースの味のバランスとか」
「おいしいよ!」
ほっ、とした笑みを浮かべる母は特に知りたくもない話を教えてくれた。
「ママの初めては全部パパなのよ」
「純愛ですね」
「あら……ふふふ」
三人でプリンを食べると零と天音は天音の部屋に行った。
「零ママの天然、おもしれぇ」
部屋に入り座布団に腰を下ろした天音はおなかを抱えて笑い始めた。
「おかげでゲームのことは完全に頭から消えたよ」
「零ママ、いい仕事するわ」
「……僕はまだチェリーってことでいいのかな」
「少なくとも初めては終わってるわけだし処女(バージン)ではないな」
「そ、それは女の子の方でしょ?」
「じゃあ俺で童貞(チェリー)卒業しちゃう?」
話がかみ合ってるのかどうなのか……。
想像してさっきよりも顔を赤くした。
「冗談に決まってるだろ。お前に主導権を握らせるかよ」
「っ……」
耳元でささやかれる。
「お前の初めては全部俺がいいって思ってるけどな」
「……もうとっくに頂かれてるし」
「してないこともあるじゃん」
意味深につぶやかれ、怯む。
「僕は抱かれてたい」
「うん。抱く方が好きだし」
抱きついたら押し倒す形になった。
ここは零の実家の部屋なので、かなり後ろめたい。
「もう恋愛シミュレーションゲームなんてしない!
僕と天音をモデルにするなんて悪趣味なんだよ」
頭をなでてくれる手つきは優しいからむかついた。
ボイスつきではなかったが、どんな顔と声色でこんなセリフを
吐くのとか楽に想像できた。
「お遊びだって。
俺がどれだけ零……お前を愛してるのか
伝わるかなあって作ったんだ」
鎖骨を食むようにキスを落とされる。
残された痕が、夕闇に照らされなまめかしく写る。
(そっちが、そういうつもりならこっちも)
天音は零の様子を見ているようで次の行動に移らない。
まじまじと見ていると口元が歪んでいるように見える。
この笑い方は真似(まね)できない。
同じ場所に唇を寄せる。
懸命に吸い上げた。
「ん……っ」
(結構、力がいるみたい?)
「……くすぐったいんだけど」
天音の真似をして虫刺されを残してやろうと思ったのに、
うまくいかない。
「顔、真っ赤にしてかわいいな。
ご褒美になでてやるよ」
よしよしと頭をなでられる。
何もうまくいってないのにご褒美をくれる。
普通の優しさをくれるなんて何か悪いことが起きる前触れではないだろうか。
「明日さ、俺ん家に来る?」
「オフィスの社長家族のスペースなら連れてってもらってるけど」
「そっちじゃなくて実家の方」
「ええっ……!」
驚きすぎて声を上げていた。
「至近距離でうるせえな。
そろそろ紹介しとこうかなって思っただけだよ」
額を二本の指ではじかれて、涙目になる。
体格差で体力も違うんだから手加減してほしい。
「その顔、最高だな」
「……僕を家に招いて大丈夫なの。
もし変に思われたら」
「そんな家なら恩恵だけもらって
家出してます。もちろんあのビルに逃げたら
見つかるから東京を出るね。お前と一緒にな。
二人ならどんな暮らしでもやっていけるさ」
ぐっ、と手を掴まれる。
強い力ではなく愛を感じた。
(本気で言っているのが分かって、
有頂天になりそうだ。天音のバカやろう)
「そんな不安にならなくても
うちの親も兄弟も俺達の関係に反対することはないよ。
干渉はされるだろうけど」
「……、う、うん」
もしかしたらとっくに僕と付き合っていることも
話していて、認めてもらっているのだろうか。
都合のいい妄想をして不安を黙らせた。
翌日、大学の帰りに駐車場で天音と待ち合わせた。
運転席の扉の前にもたれているだけなのに絵になる男だ。
えらそうだしいちいち人をからかって遊ぶ癖はあるけど、
本当は優しくて男らしい。
言ってはやらないけどべたぼれしていた。
「お待たせしました」
「なんでそんなに顔赤いの。もしかして俺の姿にみとれてた?」
「……う、うん」
これから車に乗せてもらうのにかわいげのないことは言えない。
がしがしと頭をなでられ頬を染める。
「こんなにかっこいい人が僕の恋人なんだなって」
「……会って早々、照れさせんなよ」
心なしか耳が赤いような気がした。
助手席に乗り今まで以上に照れくささを感じていた。
何度も一緒に出かけているし深い関係なのに。
時々、ルームミラーで天音の横顔を盗み見る。
あまり見ていると心臓に悪い。
ちょうど赤信号で車がとまった。
「鏡で俺の顔を見るなよ」
(ばれてた……)
「かわいい零はお仕置きをお望みのようで」
「望んでない」
唇を尖らせたら長い腕が伸びてきた。
指先がそっと唇に触れる。
「……ふうん?」
(舌なめずりされてた!)
何事もなかったように天音は運転を再開した。
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