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第20話
「朝からぼーっとしとったけど、事後?」
天音にラブホに連れて行かれて散々、好き放題されたおかげで疲れていた。
午後九時には帰ったし朝帰りではないがあの後、悶々としたし
ろくに眠れていない。朝方、浴びた水シャワーで頭をすっきりさせ
通学した。だが、まだぼんやりしているようだ。
異性だが不思議と壁を感じさせない相手である草壁咲来(さくら)と、
屋上に繋がる階段で話し込んでいた。
(この光景を見ても怪しむやつはいないと思う。
そもそも意識する相手ではない)
「事後とか女が言うなよ」
「男も女も関係ないやろ。ボタンを一段目からきっちり留めて
虫刺され隠しとるんバレバレや」
最近、虫刺されと何回聞いたか。
むしろ、今度は刺してやるしかない。
「あのさ。草壁って付き合ってる相手いるの?」
「おったらこんな所で零をからかってない」
「からかってたのかよ!」
「何か最近楽しそうでよかったやん。
やっぱり恋愛は人を変えるんやな。うらやましい」
大してうらやましくなさそうに言われたし、答えはもらってない。
「あ、プライバシーの侵害だった。別に言わなくていい」
「気になる相手は一人おるけど恋か訊かれたら微妙なところやね」
意味深な物言いをして草壁は微笑む。
ショートヘアが、よく似合っていた。
「そっか。僕は前に付き合ってた人とよりを戻したんだ。
お互い離れられないって分かったから」
「うちの兄貴と彼女みたいや」
頬がゆるんだ。瞳には憧憬の光がある。
「めちゃかわのツンデレ彼女やねん!
あんな子と付き合いたいっ」
「草壁って同性愛者なの?」
熱弁されたのでつい問いかけていた。
零自身も男性同士の恋愛をしているので偏見等あるわけがない。
「ちゃうで」
にっ、と口元で笑った。
「で、でも女の子と付き合いたいって」
「ツンデレかわいい子ならどっちでもええねん。
性別、年齢なんて気にしてたら人なんて好きになれんし」
(新しい視点だ)
「今の相手と駄目になったらいつでも言ってや」
「は……?」
「零、かわいくて結構好きやで」
謎の文言を残し草壁は階段を降りて行った。
(……やば。特に何があったわけじゃないけど、
なんか、ちょっと動揺してる)
異性、同性など関係ないタイプってことか!
何故だか頬が熱くなった。
(人をからかうとか、草壁は天音と同じ属性じゃないか。
なんで、そういう人間に好かれるの?)
もっとSな雰囲気を身につければいじって遊ばれたりしないのだろうか。
午後の講義を終えるとまっすぐに帰宅した。
「た、ただいま」
「あら。零おかえり」
ちょっとよろめいたら母が心配そうに肩を支えた。
大学生になってもコンパクトでよかった。母親に負担をかけるのは申し訳ない。
ダイニングの椅子に座りため息をつく。
向かい側には母が座った。
「お母さま、少し話を聞いてほしいんです」
「はいはい。あなたの大事なお母様が聞いてあげましょうぞ」
深刻そうな雰囲気を醸す零にノる母。
「かわいくて結構好きやで……って女の子に言われたよ。どうしよう」
「関西弁は痺れるわね。あんたのはイントネーションが下手くそだけど」
「一字一句そのまま言っただけだし!」
「さすが私の息子……男女問わずモテる小悪魔ぶり」
「ええとね……」
「女の子にかわいいって言われてるって、どんだけなの……」
(駄目だった。相談する相手を盛大に間違えた。
この母、天音と仲良いし同じ属性だった。
親のくせして息子をいじるとは、タチが悪い!)
「からかってるだけだよ! 何で僕の周りはそんなキャラばっかなの。不憫すぎる」
「零がいじりたくなるタイプだからよ。あ、お茶飲む? プリンもあるけど」
「牛乳とプリン食べる」
母は冷蔵庫からプリンを出してくれた。
紙パックの牛乳はテーブルに置かれたので自分でグラスに注ぐ。
「そういうつもりはないんだけど」
「まぁ。お父さんに似たのね。
からかうのと愉快なとこも見た目もそっくり」
そういえば父は若く見えるし可愛い顔をしていた。
「今の相手と駄目になったら言って……とも言われたけど本気なのかな」
「本気でしょうね」
サラッと言われてびくっとした。
「いや、恋愛対象として見られないし。
あの子は、性別気にせず付き合える友だちだから。天音以外で一番仲良いいのが草壁なんだ」
「それは貴重。零が女の子と仲良くなれるのも納得」
「草壁は、何も気にせず話せるんだよね。
女の子といえばそうだけど女の子はこうだって決めつけちゃだめだと思う。
僕も決めつけられたくないし」
力を込めて伝えた。
「そういえば零は、受け身の方よね?」
「でも、ちゃんと男としてお互いを好きだから」
(うわあー。なんで母親にこんなこと話してるの。
なんなの。こっぱずかしくなってきた)
プリンにスプーンを突き刺して、口に運ぶ。
糖分が身体に染み渡っていく。
「よしよし」
頭を撫でられて振り払いたくなったが
我慢する。似たようなことが最近あったような。
「両方と付き合ってみたら」
「母さん、それは最低の人間がすることだ」
「そうよね。普通に今まで通り接するのが一番よ。
天音くんに言うと懲らしめられちゃうから、告白されたのは言わないようにするのよ」
ぶんぶんと、頭を縦に振った。
天音にいえるはずもないし、相談相手なんて他にもいない。
理解者である母に相談するしかなかった。
お風呂にも入りベッドにもぐりこんだところで
携帯が着信しているのに気づいた。
運悪くデスクの上に置きっぱなしにしていた。
震えると微妙に動く電話にビビる。
(た、天音……)
恐る恐る通話ボタンを押す。
「ひえっ」
『さっさと出ろよ。まだ21時だぞ。
まさか寝てたの。零はよい子だから』
「さっさと寝て明日の朝、勉強しようと思って」
「真面目で素晴らしい」
「と、ところで急用なの。
メッセージで済ませられないこと?」
「パソコンのメールに、ゲームのアドレス添付しといたから
暇な時やってみて」
「ゲームが完成したんだ! おめでとう!」
「素人が作ってるもんだし、できは期待するなよ。
フリーの所から画像をダウンロードして、
キャラは作った」
「……ラブゲームって言ってたっけ?
「恋愛シミュレーションゲーム。
その中ではお前は別人になりきるのも
自由だぜ」
「……あ、楽しそう」
「一応、バグがないか確かめて大丈夫だったから」
ノートパソコンを開いてメールを確認すると、
天音からのメールが届いていた。
クリックしてアドレスを開く。
携帯電話はハンズフリーにしている。
『展開早いし、毎日やりこまなくても一か月あればクリアできるだろ。
つまんなかったら、無理に続けなくてもいいし』
「やるよ。これやったら天音の気持ちがもっと
わかるかもしれないじゃん」
「……急にかわいいこと言うなよ」
どこか照れた風な声。
「天音、おやすみ。今度は僕が虫刺され作ってあげるからね」
「……やれるもんならどうぞ? おやすみ」
ゲームを開始しキャラクターのタイプを選ぼうとした所で困惑した。
天音の願望ををかなえてくれたみたいで複雑だ。
攻略するキャラが、俺様Sタイプだった。
主人公はツンデレ純粋タイプ。
(……顔も実際の二人に似てるんだけど。
ここまでくると怖い)
ゲームの説明ページによると通常エンドとBADエンドがあるという。
BAD(バッド)エンドはどんな結末を迎えるのだろう。
通常エンドより気になるから、こっちを目指してみよう。
こんなにも現実とリンクしているから、
天音が喜ばない選択肢を選べばBADエンドになるはず。
30分ほどゲームをプレイしてみたら、
あまりにもリアルでいちいちドキドキしてしまった。
(どうしよ。天音と顔を合わせるのが気まずい)
BADエンドに向かうよう好感度はひたすら
上がらないようにしているが
相手は冷たい態度を見せず激甘な態度すぎて驚くほどだった。
本当にBADエンドを迎えられるのか疑問に思い一週間プレイし、
BADエンドの意味を深く理解した。
二人の甘く幸せな日々は、主人公の見た夢の世界のできごとだったのだ。
たかがゲームなのに、ボロ泣きしてしまい
天音に早く会いたくなり電話をかけていた。
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