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第19話
天音に与えられた部屋は、会社の中の一室だ。
お兄さんも別室を持っていて時々、恋人を連れ込むらしい。
二股はしてないが短期間での付き合いを繰り返し、
節操がないということだ。
それで連れ込むという表現をした。
「……鉢合わせなくてよかった」
「その辺は上手くやります」
悪びれない天音は、一週間ぶりに零をここに招き入れた。
広いベッドは、ふわふわの寝心地でぴょんぴょん飛び跳ねて遊びたくなる。
「何やってんの? まぁ、好きに遊べば」
呆れたように笑う天音は、パソコンで作業をしていた。
「忙しいのによかったの?」
「お前がそばにいるだけで、捗るし。
よかったら付き合ってくれよ。冷蔵庫開けたらスイーツも飲み物もあるからさ」
「……ありがとう。仕事の邪魔はしないから」
「仕事じゃねぇよ。ゲーム作ってんの。
できたらお前にもアドレス教えるから、ダウンロードして遊んでれるとうれしい」
「もちろんだよ!」
「俺とお前で進めるラブゲーム」
何それ!?
叫びたくなったが我慢して、冷蔵庫を開けた。
「……あ、飲むヨーグルトのイチゴ味がある。
飲んでもいい?」
セレブ向けの高級スーパーにあるやつだと思われた。
量が少なく添加物も必要最低限。
「お前にやろうと思って買ったやつばっかりだから許可なく食え」
楽しげに言われてきょとんとする。
気恥ずかしくなって一気にヨーグルトを飲み干す。
余計な雑味がなくて大変美味だった。
ゴミ箱に空を捨てて天音に近づいていく。
「天音は優しいね」
「かわいがってんの」
大きな背中に抱きついたら、彼の背中が震えた。
首筋に腕をそっと絡めたから苦しかったのかな。
「……誘われてる?」
「抱きつきたくなっただけ!」
言い返して離れる。
(もー。すぐそっちに持っていこうとするんだから。エロエロ大魔神!)
「素直に甘えてくれるの嬉しいよ」
くくくっ、と含み笑いする。
「甘えてもいいかなって思ったんだよ。
僕がそう思うの天音にだけだし」
「そりゃ誰でもは、まずいだろ」
パソコンのキーボードを叩く音はしばらくしたら途切れた。
椅子の上で腕を伸ばし、あくびをしている。
その姿を見ていたら眠くなってきた。
「……なんか眠い。ちょっと寝ていい。ベッド借りるね」
一方手に告げて、ベッドまで歩いていく。
靴を脱いで、ベッドに上がる。
ふわふわの心地よい感触につつまれ、
気づけば眠りについていた。
「……おい」
天音が声をかけても零は起きない。
この後、水族館に行くのではなかったのだろうか。
恋人を放置して寝倒すとは、いい度胸だと思った。
零の母親が表現した虫刺されは、いい得て妙だと思い出すと笑えてくる。
(こんなの手放せるわけないだろ)
ベッドに乗り、肘をついて見下ろす。
「起きないといたずらするぞ?」
耳にドスを効かせた声をそそぎこむ。
ついでに耳たぶに歯を立てた。
「ひゃぁ……っ! 何するんだよ!」
「いたずらするって教えたけど?」
息をふきかけたら飛び起きて壁際にまで逃げた。
すさまじい早さだった。
「……水族館行くって約束、忘れた?」
「忘れてません。いきます!」
ベッドから降りると全身鏡の前で身だしなみをチェックしている。
邪魔にならないようスタンドタイプのコンパクトなやつだ。
(鏡、置いといてよかったな)
「虫刺され、消えてるな。帰ったらつけてやろう」
「見えるところはやめてね!」
「俺を今日一日楽しませてくれたら、
言うこと聞いてやってもいい」
後ろから腰に腕を回す。
体格差のため腰をかがめる体勢だが、
零はこういうのも好きなようだった。
「そんなの余裕だよ」
ドヤ顔をされ中々やるなと思う。
時々食えないから余計ハマる。
高校生の頃から比べれば大人びたが、
内面は全く変わってない。
小動物的気質も。
「何そのドSダダ漏れの顔……」
じいっと見上げてくるのは生意気だった。
「それってどんな顔だよ。
言っとくけど俺がSなのは
相手がドMだから引き出されてるんだぞ」
「ドMじゃない。痛いことは嫌いだ」
「慣れたらわかんないかもよ」
顎をつまみ挑発してやる。
「水族館に行くんでしょ。早く出ようよ」
お戯れの時間はこれで終了のようだ。
水族館に行くとか、いいながらからかい攻撃で時間を無駄にする。
一体何が楽しいのだろう。
とりあえず天音を楽しませれば、虫刺されの場所は考えてもらえる。
(天音は乗せられてる気がする。そもそも配慮してほしいのにこっちが下手に出てるの何でだよ)
どう楽しませればいいかは、
車の中で考えよう。
よからぬ事が起きないよう後部座席に座らせてもらう。
思惑が見抜かれたのか助手席が指定席だと、言い渡され従う。
乗せてもらう立場なので零は逆らう術がない。
「ぼうっとしてんじゃねぇ。さっさと乗れ」
天音は、助手席の扉を開けてくれている。
考え事が長すぎたようだ。
「ご、ごめん」
運転席に乗った零は、ため息をついた。
「俺を楽しませることができなかったら、手痛いお仕置するから」
それ、楽しみにしとくわ。
最後はささやきだったがしっかり聞き取れた。
水族館に着いたら、トンネル状の館内を進んでいった。
水槽をくぐり抜ける感じは非日常で、ワクワクしてくる。
背の高い恋人の手を引いて、突き進む。
ペンギンが泳ぐ姿に歓声をあげたら、天音もかわいいと言ってくれた。
大量の魚が群れをなして泳ぐ姿は圧巻だった。
ふと自分だけが楽しんでいる気がして、
天音を見上げたら微笑んでいたので安堵した。
休憩スペースにアイスの自販機を見つけた。
「これ、自販機限定じゃね?」
「そうだよ。買おう」
自販機でしか買えない味のモナカアイスを
買って二人で半分こして食べた。
何だか付き合ってるって感じで悪くない。
こういうのをデートっていうんだ。
「っ……」
頬についたバニラを天音の舌がすくい取る。
ついでにキスをされて顔が熱を持った。
「アイスより甘くて美味い」
思いっきり恥ずかしくなった。
イルカのショーでは持ってきたレインコートを着て水しぶき対策をした。
訓練されているイルカはとても賢く可愛らしかった。
「イルカってかしこいな」
「零より学習能力高そうだな」
「うるさい」
間違いなくても言わなくていいことはある。
売店でペンギンのキーホルダーを買った。
買った理由は皇帝ペンギンの行進に感動したからだった。
「俺は車にでも飾るかな」
零はアザラシのぬいぐるみを買っていた。
水族館を出たあとぽつり口にしていた。
「次は動物園がいいな」
「……零が小動物みたいなもんだから間に合ってる」
「天音はオオカミだけどね」
「零限定のな」
言い返したつもりが、かなわなかった。
車に乗った途端、天音が妖しいムードをかもしてきた。
「締めは、休憩できるとこがいいな。お前はどう?」
「カラオケでも行く? あ、お昼食べてないからカラオケでなにか頼めばいいよね」
天音はギアを入れ替えた。安全を確かめ出発する。
「そういや二週間やってない。虫刺されなんてとっくに消えてる」
運転しながら何言ってんの!
ツッコミを入れたかったが耐えた。
「明日は朝から講義が……」
「それは俺もだけど? どっかでして晩飯食べて帰ろうか」
(して……!)
「は、はい」
「楽しかったからご褒美くれてやる」
浮かれたけれど、似たようなものの気がする。
お仕置も天音からならご褒美。
少しビビったりしても、本当は嫌どころか大歓迎だった。
「お前こそドM顔じゃん」
赤信号で停車した車の中で、ぼそっと呟かれた。
車は、妖しい雰囲気が漂う場所へと突き進む。
ホテル街と言われるやつだ。
有料駐車場に車を停めて歩く。
派手なネオンが眩しいラブホの前で建物を見つめる。
「もったいない気がする」
「出すのは俺だから心配するな」
天音が、手を握りしめ腰を抱いた。
「もうちょい健全なお付き合いしてみても」
「俺とお前にはプラトニック無理だろ」
ぐうの音も出なかった。
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