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第18話

スマホで時間を確認すると、午後3時だった。 天音に送られて帰宅したのが10時だから5時間も寝たことになる。 お腹が空いたと思い、零が部屋を出た所で何やら賑やかな話し声が聞こえてきた。 朝まで聞いていた通りのいい低音……が我が家のリビングから聞こえてくる。 リビングに近づくと涼し気な容貌のイケメンと、自分の母親が向かい合って話していた。 (隠れる必要はないが、少し様子をうかがおう) 「零、夕方まで寝るらしいのよ。 せっかく来てくれたのにごめんなさいね」 「そろそろ3時でお腹すいてるだろうし、俺が起こしてきましょうか? 色々責任もありますし」 (責任! ) 「……そこにいるみたいよ。 あなたの手を煩わせなくてすんだわ」 気づかれていた。さすがに猫でもあるまいし、足音は消せなかったか。 「ああ、さっきの足音は気のせいじゃなかったんですね」 「……何、二人で話してんの!?」 赤面し、リビングの中に入っていく。 「天音くんが、ケーキを持ってきてくれたのよ! 一緒に食べましょう」 「……あ、僕もカー〇をもらったんだった。後で持ってくる」 「天音くん、たくさんありがとう」 「いやいや。零は俺の大事な子ですし、 好きな人の家族は俺の家族も同然ですからね。これからはもっと交流していきたいです」 「うれしいわ」 拳がぷるぷる震える。 握りしめてるから赤くなっているだろうな。 天音は、チラとこっちを見つつ母の方に向き直り言い放った。 (こいつ……!) 「一時間くらい前に来たんだけど、お前は寝てるって言われたし せっかくならってことで零ママと話してたとこ。こういうのなんかいいな」 陰りのない笑顔だ。 朝まで散々好き放題、抱きつくしていた天音だが、昨日よりも元気そうに見えた。 意味がわからない。 さすが大企業の御曹司で大人社会と上手く渡り合っているからか、親にも取り入っている。 (抜け目がない) 母は天音が持ってきたチーズケーキ(不二〇神〇)をカットし皿に入れた。 しっかり父の分も残して冷蔵庫に入れたようだ。 運がよく父は出かけていたため昨日から会っていない。 若干、気まずいが、多分冷やかされるだけだろう。 (……うちの父は天音ほどの上流階級じゃなくて中小企業だけど、管理職。 結構厳しいところもあるが、 恋愛に関してはニュートラルな考え方を持っていた) テーブルの上に紅茶のティーカップとチーズケーキの皿が置かれた。 にこにこ笑顔の母も、怖いが、腹黒な男の方がもっと怖い。 (本音と建前、表と裏の使い分け、どうしても上手くなれない) この三人でお茶をするのは初めてだと今更ながら気づいた。 チーズケーキにフォークを刺して口に入れようとした時、 母は紅茶で口を湿らせ言葉を切り出した。 「前に付き合ってたのって三年前かしら。  零の様子が急に変わって驚いたことがあったの。  妙に男を感じるようになったからあの時、結ばれたのね」  さらっ、と言われて咽せた。  ごふごふ言いながら紅茶を飲み息をつく。 (な、な、なんてことを言い出すんだ。  今更三年も前の話をほじくり返すなよ。  何かに気づいても黙っておくのが大人だろ……) 「零ママ、俺は零と結ばれて天にも昇る心地でした。  確かに高校生で行為に及ぶのはあまり褒められたことではないですが、  二人が真剣に恋した結果なんです。だから」  天音は、思った以上に肝が据わっていた。  頼もしくて惚れ惚れする。 「……そうよね。今更恥ずかしがっても。  今日だって朝帰りしたわけだし二人は身も心も愛し合っているのでしょう」 「……うん。それは間違いない。  親の前でこういう話はひたすら気まずいけど、  遊びとか、身体だけの繋がりじゃないからね。  何年も離れてたから、燃え上がっただけなんだ」  天音は、一瞬あんぐりと口を開けたが、次の瞬間口元を押さえて笑い出した。  母なんて大爆笑だった。 (言い過ぎた。でも口から出ちゃったものは仕方がない)  顔を背けたら、何故か膝の上で手を重ねられた。  天音の隣の椅子に座っているので、距離は近かった。 「もし本当に憎々しくて別れたんなら、ちょっと  強引に迫られても、もう一度付き合うことにはならないわよね」 「もちろんだよ」  母が本気(マジ)の眼差しを向けてきたので即答した。 「将来のことをどうこう言うつもりはないのだけど……  零の心が傷つかないことだけ祈ってるわ。  虫刺されが何度ついてもね……」  天音の前でも虫刺されと発言した。  絆創膏を貼ろうか一瞬考えたが、襟がついた服に着替えることで対処した。  絆創膏の方が怪しい。 (そもそもどれくらいで消えるのかも分からない。  今まで、キスマークを見えるところにつけられたことあったっけ?) 「ちょっと幼稚な手段ですよね。  零は隙だらけですぐ悪い虫に目をつけられるので、  虫除けの意味も込めてるんですけど」  嫌味にも平然と立ち向かう。  これくらいじゃないと駄目なのかと感心した。 「さっきの話を続けるけど、零を裏切るようなことはしないで。  もてあそんで捨てたりしないって信じてるからね」  母の強い口調には息子を思う気持ちが溢れていた。 「真剣に付き合っているならそれでいいわ。  二人が仲睦まじいのは見ていたら伝わってくるもの。  独占欲の印を見えるところにつけるくらいに」  最後の一言に顔が真っ赤になる。 「零ママ、そこはお任せ下さい。  これからも情熱的に愛を伝え続けます」  ここで何を口にすべきか大変迷う所だった。 「子供の頃からここのケーキ、好きだから天音が  持ってきてくれて嬉しいよ」  ケーキを一口ぱくり。 「そうね。ここのケーキはどれも美味しいわ。  天音くんもよく食べるの?」 「月に一度くらいですかね。  今、零と甘い蜜月を過ごしているから、  甘いものなんて欲しくないんですよ。  ちなみに喫煙もしませんからご安心ください」  どうしてここまで平然としていられるのか。  天音の涼しげな顔面を食い入るように見つめた。 「恋する眼差しね」  呆れる風情の母の言葉に顔が更に熱くなった。 「天音は何しに来たの! 僕に用があったから  待ってたんでしょ!」 「もちろんだよ」  ケーキの皿と紅茶のカップを天音のぶんも含めてシンクに持っていく。 「ありがとう。出かけるの?」 「今日はもう部屋で過ごすよ」  目配せする。 「というわけで、これからもよろしくお願いします」 「これからも零ママって呼んでね!」  天音は、母にとびきり極上の微笑みを向けた。  母はうっとりしたりはしなかったが、上機嫌のようだった。  ぐい、と腕を引き廊下を歩く。  部屋の扉を開けると掴んでいた手を離した。 「俺達って燃え上がってるんだな」 「恥ずかしいこと言っちゃったかな」 「お前の方が恥ずかしかったんだろ」 「……うん。平然としてる零に恐れ入ったよ」  ベッドに腰掛けた。  意識的に距離を取ってしまったのは仕方がないだろう。 「ふてぶてしくてうらやましい」 「謝ればよかったの? お宅の息子さんに  数日程度で消える傷ならつけましたって」 「……数日で消えるんだ。よかった」  変なところに注目した。 「初めても二回目も三回目もしてるのに、  今更ねぇ。こういう生々しい話を  大人に突っ込まれるって貴重だから新鮮だったわ」 (おかしいな。よく寝たのにまた疲れが) 「……もう嫌だ。またこんなことあったら寝込む」 「朝帰りはよくないな。  独占の証は首以外に残すとして」 「……見えるところ以外ならたくさん欲しい……よ?」 「くっそ。かわいいじゃん。  だからはまっちゃうんだけど、それわざと?」 「計算なんてしてないよ」  ボソッと言う。  カールの袋はご飯の時に渡しに行こう。  天音は妖しい光を宿している。  大きな身体が迫ってくるのを拒否できない僕もどうしようもない。  くつろげられた襟元に唇を押し当てられ、息が漏れる。  強く力が込められた。 「消えた時に、またしよう?」 「っ……何言ってんだよ」  好きになってしまったら負けなんだ。  それから二時間くらい部屋でゲームをした後天音は帰っていった。  信用されるために部屋の扉は数センチ開けていたのだが、  声をかけられたりはしなくてほっとした零だった。          

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