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1-1 人生最悪な日はある日突然地雷のようにやってくる
獣人の国ゾルアーズは、多くの部族が入り乱れるように暮らしている。
土地としては広く、平地や草原、山岳、川、海と、その地形も多岐に富む。それぞれ好む生活環境があり、好ましい場所で生活を送りたいと思うのは当然のことだからだ。
ゾルアーズと国境を接するのは人間の国アウンゼールと、竜人の国ジェームベルト。深い森林と山岳を間に、二国は穏やかにそれぞれの生活を行っている。
表向きには、だが。
グラース・デル・ファンテル、28歳。所属、ゾルアーズ国東方国境砦所属。
それが俺の肩書きだ。20代で中隊の隊長となり、現在は小規模とはいえ一つの砦を預かっている。
部下は若い者も多いがよくやってくれている。訓練も甘やかしていないはずだが、ついてきてくれているのだ。
『銀氷の麗人』なんていう平凡極まりないクソも嬉しくないあだ名がつくくらいには中身と表情を切り離して職務に当たっているはずの俺が、今は引きつった顔をしている。
それというのもとある問題で隣国ジェームベルト軍と共同作戦を組む事になったんだが、そこの責任者がイカレている。
顔を合わせた途端に俺の顔を見て固まり、挨拶もそこそこに両手で俺の手を握りしめているからだ。意外と痛いんだよ、馬鹿力のトカゲ野郎!
「あの…」
「理想的です! こんなに…こんなに素敵な人に私は未だ出会った事がありません! 結婚してください! そして私の子を産んでください!」
「………はぁ?」
意味がわからない。イカレてないかこのトカゲ。竜人族ってのは良識ある部族のはずだがこいつは失敗か?
未だ目がキラキラしている。興奮に頬を上気させている様子から、冗談を言ったわけではないのだと分かる。ってことは本気か。本気でヤバイ奴だったか。
「あの、すみませんグラース隊長! ほら、ランセル隊長恥ずかしいです! 隊の恥っす! いい加減にして欲しいっす!」
まだ若い補佐官だと言った青年が、必死に腕を引っ張り背中を遠慮もなくバシバシ叩いている。いいぞ若者、そのままこのゴミ叩き斬ってくれ。
「煩いですねぇ、ハリス。私は今真剣にこの素敵な方のお名前を伺いたいと思っているのですよ。邪魔するなら殺しますよ」
「この方はこの東方第三砦を預かるグラース隊長です!」
「どうして貴方がこの方の名前を知っているのですか? 事と次第では灰にしますよ」
「事前の連絡で皆に伝えてるっす! ランセル隊長にもちゃんと伝えたっすよ!」
…苦労するな、この若さで禿げなきゃいいが。
とりあえず、未だに離れていない手をどうにかしたい。俺は少し乱暴かとも思ったがその手を振り払った。
「あぁ、勿体ない」
目の前の男、焼き殺しても問題ないだろうか。
心の声がダダ漏れにならないように繕い、たっぷりと他人行儀に俺は笑って改めて手を差し伸べた。
両手で握るな! 社交辞令の握手だって分からないのかこのトカゲ!
「東方第三砦を預かるグラースです。遠路遙々ようこそお越し下さいました、ランセル隊長」
「こんなに素敵な方がいらっしゃると知っていれば、竜になって飛んで参りましたのに」
「それ、おおいに国際問題だから止めて欲しいっす」
ガックリ肩を落とした補佐官は、過分に疲れているようだ。後で何か差し入れて大いに労をねぎらってやろう。
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