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第1話 出会い

 1960年代~70年代にかけて活躍したトランペット演奏者から名前をとった「モーガン」は数十年前まではコアなファンが集まるジャズ喫茶だった。 ジャズ喫茶とはLPレコードが無数に並び、家庭ではなかなか揃えることの出来ない高価なオーディオからジャズを流し、その鑑賞を目的として訪れる喫茶店の事だ。 この店もフロアにはグランドピアノが置かれ演奏仲間が集まり、昔は定期的に生のジャズセッションが開かれ賑わっていた。  らしい。  カランカランーー。  防音のためだったのか、重くて固くなったドアを押すとドアについている鈴が派手に鳴る。 LPレコードの代わりに今はジャンルを問わない無数の本が壁一面に張り巡らされていた。 窓もない店内は薄暗く五つのテーブル席とカウンター席、それぞれにスポットライトが当てられ手元を照らすテーブルの上が小さな舞台のように明るかった。  今では禁煙も分煙も酒もセッションもない読書家の隠れ家的な喫茶店となっている。 「よう、マスター。今日もいいかな」  カウンターへと着くとコーヒーも頼まず俺はマスターに尋ねる。 テーブル席に若い男女のカップル客が一組。これくらいならかまわないだろうと踏んだのだ。「よく飽きないねぇ。そろそろ調律も頼むよ」  マスターの比樫マイクはアメリカ人と日本人のハーフだ。 御年、七十歳を迎えるには不自然なくらい若々しい。 白髪の混じった髭と深い皺がマスターをどんどんファンキーなアメリカ人にしていく。  このアメリカ人仕込みのマスターが熱心なジャズファンで昔は仲間を集めてこのジャズ喫茶 を随分盛り上げたと聞かされた。 そして俺はこの元ジャズ喫茶に通う常連客。かれこれ二年近くは通っている。 「だから、もうあんたには関係ないだろ」  マスターとの会話も済んだところで客席から若い男の怒鳴り声が響いた。 流れる音楽を遮り、このような店では珍しい事態だ。 男女のテーブル客を見ると女性のほうがマスターに「すみません」と慌てて会釈をしている。 背を向けていた男の顔は見えなかったが暴れる様子は無さそうだ。 「マスター、手ぇつけられなかったら俺の事、呼んで」  カウンターを横切り、マスターへ耳打ちすると「Thank you」と返ってきた。 俺はそのまま二階へと上がる。

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