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第10話

「そうよぉ。……早く帰らないと、私みたいなのが、襲っちゃうわよ」 暗闇の中から聞こえる、太い裏声。 赤く尖った付け爪を見せ付けるように、威嚇ポーズをして現れたのは、夏祭り主催者の一人である──駒沢恵子。 長くて太い、付け睫毛。深紅の唇。 後ろに纏め(かんざし)を挿した、緩いパーマの掛かった明るい髪。身体のラインを強調した、赤と黒の派手な服。 隣町の駅に近い場所でオカマバーを経営するゲイであり、元教員。 「自分じゃ、気付いてないかもしれないけどぉ。……丸山くんって、なーんか美味しそうなのよねぇん」 「……ぇ、」 「ね、小山内せんせ?」 ニヤッとして上目遣いをする恵子が、小山内の腕に可愛らしく絡み付く。……まるで、山口のように。 「……ま、まぁ……そうだな」 答えながら、小山内が誰もいない方向へと視線を逸らす。 「──!」 『何て事を言うんですか』──そう、苦笑いしながらも、否定するものだとばかり思っていた。 恵子さんに圧されて、仕方なく……だと思い直すものの。やはり、そんな風に答えて欲しくはない。 「……小山内さんと、恵子さーん。ちょっと、いいですかー!」 遠くの主催者用テントから、夏祭り関係者の一人が大きく手を振った後、手招きをする。 「……」 遠くからでも解る。村役場の職員兼スクールカウンセラーの──溝口啓造。 シルバーの細渕眼鏡を掛け、少し白髪の混じった細身の年配者。 人当たりが良く、いつも穏やかで優しいと評判の先生だ。 「はぁーい! いま行きまぁ~す!」 「……って事で、悪いな。気を付けて帰れよ」 トントン、と僕の肩を二度叩くと、踵を返した先生が恵子さんと一緒に、足早に去っていく。 「……」 ザザザ…… 上空で轟く、風と木の葉の擦れる音。 触れられた所が、いつまでもベトベトと纏わり付いているようで……気持ち悪い。

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