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第52話

クッ、と持ち上がる口の片端。 その瞬間、小山内の顔が険しいものに変わる。 「──まさかっ、!」 「そのまさか、だよなぁ。丸山透くん」 「……」 言いながら、ニヤついた顔を僕に向ける。この雰囲気を、心から楽しんでいるかのように。 「違うなら、教えてくれや。……見たんだろ? 黒川光を殺した犯人、って奴をよォ」 さぁ答えろと言わんばかりに、横峰が厭らしい眼つきで僕の様子を覗う。 僕の背面にある、ソファの背もたれの上に腕を乗せ、僕の顔を覗き込みながら。 「……」 そうだとも、違うとも言えない。 このまま黙っていたとしても、肯定の意味に捉えられてしまう。 ……もうこれ以上、先生にショックを与えたくはないのに。 「……まぁ、いいや」 案外あっさりと、男が引き下がる。 刺青の入った腕をそのままに、灰皿に手を伸ばして煙草の灰を落とすと、再び口に咥えてフーッと煙を細く吐き出す。 「初恋を拗らせてた溝口は、その初恋相手に随分と執着していた。彼女が札付きの悪と交際し、結婚してガキが生まれた後も、ずっとな。 だが、若くして彼女は自殺。……そしたら今度は、残された息子である黒川光に矛先を向けた」 「……」 その言葉尻に合わせ、燻る煙草の先を僕の方へと向ける。 「恐らく、彼女の面影を追い掛けていたんだろう」 違う…… 溝口先生は、そのずっと前から黒川くんを想っていた。 「ああ……そこの先生は、当然知ってるよな。 剛志──黒川光の父親の一件で、母方の遠い親戚に引き取られる事になった彼を、溝口はどうしても手放したく無かった。……だから、あの小屋に監禁し、殺害」 「……」 「数年経っても報道されない事に味を占め、失踪しても怪しまれない子供達を掻き集めると、その中からお気に入り……つまり、黒川光の身代わりとなる男児を選定し、同様の犯行を繰り返した」 「……」 あの小屋で見た、何人もの黒い影── あれは……溝口先生に手を掛けらた、少年達の亡霊だったんだろう。 「……でもなァ。どうも腑に落ちねぇ」 そう呟いた横峰が、長くなってしまった煙草の灰を落とす。 そして背もたれに回した方の腕を、肘を付けたまま折り曲げ、手の甲を僕に向けて横向きのピースサインをして見せた。

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