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第69話
「丸山」
玄関ドアのノブに手を掛けようとして、声を掛けられる。
年季の入ったアパートの外廊下に点々とある、灯りの少し隠った照明。そのせいで、僕の足元から放射線状に伸びる、二つの薄い影。
振り返れば、胸ポケットから何かを取り出しながら、先生が僕に近付いていた。
「……これ、持っててくれないか?」
差し出された、長方形の小さな紙。
良く見れば、それは先生の名刺で。下部には、ボールペンで走り書きされた、11桁の番号が。
「何かあったら、連絡して欲しい」
「……ぇ」
トクン……
心が、揺れる。
──どうして。
僕は、先生が好きだった黒川くんじゃ、ないのに……
そう否定する気持ちとは裏腹に、嬉しい気持ちが湧き上がっていく。
「もし向こうで、居場所が無くなって、頼れる奴が周りに誰もいなかったら──その時は、助けに行く」
「……」
「俺が、お前の居場所になるからな」
「──っ、!」
言い切ると同時に僕の手を拾い上げ、半ば強引にその名刺を握らせる。
瞬きもせず、視線を上げれば……暑苦しくも優しい笑顔を見せる先生が、僕の髪をくしゃくしゃとした。
「……」
多分、この言葉は……二十年前の黒川くんに、伝えたくても伝えられなかった台詞だ。
なのに……何でだろう。
凄く、嬉しくて。
勝手に涙腺が緩み、熱い涙が次々と頬を伝う。
「……はい」
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