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第3話 ショパンと調律

謎だ。 ペルソナさんの正体は家庭教師。 なぜあんな魅力的なピアノを演奏できるんだこの人は。 困惑する僕をよそに隼人さんは集中して調律を続けた。 手がかじかむ寒さなのに、体勢がきついのか隼人さんの額にはうっすら汗が滲んできている。 自分のピアノでもないのに対する手つきが妙に優しくて力がこもっていた。 それには音楽に対する愛情のようなものを感じて無愛想な隼人さんに僕は初めて好感が持てた。 真っ直ぐなその視線をできればこっちに向けたい。 僕は調律を手助けするつもりで鍵盤を鳴らした。 小さく。大きく。短く、伸ばすように。 うるさいと言わんばかりギロリとこちらを睨む隼人さんとようやく目が合って、僕はだらしなく笑った。 「ペルソナさんの動画サイト見たんです。この人は自分と違う視点で演奏してるってすぐにわかった。曲ごとにどうしてこんなに違った雰囲気が出せるんだろうって不思議だった。忠実に鍵盤を叩いて決してアレンジしているわけじゃないのに、とても自由でオリジナルって感じがしたんだ。まさかペルソナさんがこんな近くにいるなんて思わなくて。だからどうやって弾いているかコツみたいなものだけでも教えて欲しいんです。お願いします」 調律を終えた隼人さんに僕はペルソナさんへのリスペクトを込めて熱い思いをぶつけた。 隼人さんは若干引いてはいたが黙って僕の話を聞いてくれた。 でも「お前、プロのピアニストになりたいのか」と問われると、たちまち勢いを失いどうしようのない生返事をするしかできなかった。 自分がどうなりたいのか、正直わからない。 隼人さんは冷たくなったコーヒーを啜り、無表情で何かを考える様に視線を横に向けた。 「俺は絶対音感じゃない、異常な可聴音域障害なんだよ」 「障害?」  僕は聞き慣れない障害という言葉に少し不安になった。 「通常の人が聞き取れる音域より数倍聞こえちゃうっていう異常体質なわけ」 「何それ、超すげぇじゃん」  人が聞き取れない音域が隼人さんには聞こえる。 僕はその特殊能力を聞いて、ペルソナさんの秘密はここにありと納得した。 スーパーマンを見る目で隼人さんを見ると「こっちは、おかげで生きるのに一苦労してるんだよ」と苦笑された。 僕にはその意味が解らなかった。

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