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第3話 ショパンと調律
丁寧にピアノの天屋根と譜面台も外し、埃のたまった弦と弦の間にふぅっと強く息を吹いた。
埃を吸い込んだ多衣良が思わずくしゃみをする。
そんなのお構いなしに上からピアノを覗き込むと瞬きもせずに弦に触れ視線をそのままに中指で鍵盤を鳴らした。
顔が真上からピアノを覗く態勢になっているためピンと伸びた腕と手の甲に太い血管が伸びていた。
僕の事は全く眼中に入ってないように作業を続ける。
でも耳は確かなようだ。
絶対音感を持っている僕はさっきから弾いていてほんの少し気になっていた鍵盤を次々に元通りにしていく。
わずかなズレでどこか歯がゆい思いをしていたピースが色揃いでピッタリと合わさっていく。
「すげー。かっこいい!」
チューニングハンマーをミリ単位で動かす。
浅黒い手の甲から腕にかけて伸びる太く浮き出た血管。
骨張った神経質そうな指先が鍵盤を強く、優しく、跳ねる様に何度もたたいて、鳴る度に調整を繰り返していく。
息を潜めて瞬きもせずにハンマーを握る手が小刻みに震えている。
その真剣な眼差しに僕は呆気に囚われてしまった。
口数は少ないし、無愛想だし、相変わらず僕を不審者のように見るけど、毛嫌いするような雰囲気もなさそうだ。
この人のことをもっと知りたい。
この人が鳴らす指先から先ほど弾いていたショパンが聞こえてきそうだ。
この人の弾く姿を生で見たい。
僕は二オクターブ目の「レ♯」を鳴らした、次はこれを直してもらいたい。
隼人さんなら分かってるはずだ、次は「ミ」これも調整するならぜひ左右の鍵盤も一緒にしてもらいたい。
「お前、絶対音感持ってんのか?」
やっぱりその質問が来た。隼人さんも絶対音感を持ってる。
きっと幼少の頃から音楽に携わってる人なんだ。
「はい。隼人さんもですよね」
「いや……俺はそういうのじゃない」
「えぇぇ、」
「じゃぁ、音大卒業生とか?」
「いや……」
解らない。
楽譜も読めなくて、どうやら絶対音感を持つような元音大生でもないらしい。
「ち、ちなみにご職業は?」
「家庭教師――。」
僕は頭を抱えた。
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