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終幕
――ぱちぱちと、火の爆ぜる音がする。囲炉裏の傍に居るのだろうか、と思った。
閉じた瞼の裏が妙に明るく、時折吹き付ける熱風が露出した肌を焼く。血の匂いに混じって、何かが焦げたような香りが漂っているのが分かった。
ここは輝夜の家で、囲炉裏にあたっているだけのはずなのに、不思議だな、と思った。
さらに不思議なことに、誰かが自分をきつく抱きしめている。へたり込んだままの地面は冷たかった。
竜巳はゆっくりと、まどろみから意識を浮上させる。
――視界に広がったのは、真っ赤に燃える、炎の海だった。
何が起こっているのか分からない。家屋という家屋が焼けている。すぐ傍で梁が崩れ落ち、火の粉が散った。
「っ…………⁉」
驚いて身を起こそうとすると、さらに強く腕の中に閉じ込められた。嗅ぎ慣れた男の匂いが鼻をかすめる。その男――、輝夜は小さな声で呟いた。
「もういい、もういいんだ、竜巳」
苦しみの混じったあやすような声色に、竜巳は全身の力を抜く。輝夜は竜巳を解放すると、哀し気に眉をひそめてその頭を撫でた。
「これ、俺、何が起こって――っ」
刹那、ぐわりと世界が歪んだ。これまでの記憶が走馬灯のような勢いで脳裏を駆け巡る。
輝夜を殺しに来た男三人の首を刎ね落としてやった。しかし、ここで逃げたところで追手はすぐにやってくる。どうすればいいか。考えて見れば簡単なことだった。
皆殺しだ。
駆け寄ってくる男の首を次々に跳ね、逃げ惑う腹の大きな女の胸元を刺し殺し、足に怪我を負い小刀を奪われながら、敵の首をへし折って殺した。
「これ、ぜんぶ、俺……!」
まるで脳裏に刻み付けられたかのような光景が鮮明に蘇る。輝夜が愕然とする竜巳の頬をそおっと撫でた。その表情には、どこか恍惚にも似た喜びが浮かんで見えた。
「ご、ごめん、俺――」
辺りを見回せば、千切られた腕や足に首のない死体が幾重にも折り重なって散らばっている。まるで地獄だ、と思った。
「こんな……俺、こんなことがしたかったわけじゃ……」
よろりと立ち上がった竜巳があまりの惨状に震えながら後ずさると、こつ、と足に何かが当たった。
竜巳は眼を剥いた。
それは目をかっぴらいたまま息絶えた、風早の首だった。
「か、ぜ、はや……俺……!」
なぜ殺してしまったのだろう。なぜ、優しくしてくれたこの男を。竜巳は己が恐ろしくてたまらなくなった。
その頭を持ち上げようとしたところで、手を輝夜に掴みあげられてしまう。
「輝夜……」
炎を受けて紅色に輝く双眸と、視線が交差する。
「そんなものは捨て置け。お前に殺された時点で、そいつの忍としての名は地に落ちた」
「でも、あんたの友達を、俺は、俺が、鬼のせいで」
輝夜は「鬼、か」と小さく呟く。
「――真の鬼とは、なんなのだろうな。平気で殺しを生業とする者か? それともその血筋により底の知れぬほどの力を持つ者か」
「…………」
輝夜がふっ、と笑って、竜巳の身体を抱き寄せた。ふらつく身体の傷の一部は既に塞がりかけている。
「俺からすれば、殺しを生業とする者の方が鬼だ」
囁くように言って、竜巳の頭を撫でる。その感触が懐かしくて、竜巳はされるがままに節くれだった男の手を受け入れた。
「逃げるぞ、竜巳」
「……!」
「俺とずっと一緒に暮らすのだろう。どこか山奥の、人気のないところに行こう。そして罪を償いながら生きればいい」
「……うん」
差し出された手を取って、竜巳は小さく頷いた。
辺りに広がる地獄は火力を増していく。ちらつき始めた雪が、やがてこの惨状を覆い隠してしまうのだろう。
この世は地獄だ。これからも、死屍累々の上に立つ幸せの中、竜巳は生きていく。
愛しい人と手を取り合って、その罪を償いながら・
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