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第81話

「どこに気を取られてるんだ、小僧」 「え、っ!」  羽交い絞めにされたまま、着物の袷を割り開かれる。竜巳は焦った。その手が帯に伸びた時、輝夜が絶叫した。 「やめろ、やめろ! そいつには手を出すな!」  全員の視線が輝夜に向けられる。手負いの獣のように目を光らせた輝夜に 男のうちの誰か一人がちっと舌打ちをした。 「うるせぇなあ。先にやっちまった方がいいんじゃないか?」 「ああ。一思いにやってやれと言われていたが――何でもいいのだろ。適当に切り殺せ」  竜巳ははっ、と目を見開いた。 「まだ生意気な目をする余力が残っていたとはなあ……!」 「……っ!」  輝夜に近づいた小太りの男が、輝夜の顔を蹴りあげる。狐目の男もそれに続き、二人で輝夜に手を上げ始めた。竜巳は見ていられなくなり、思わず目をつむった。暴力が止む気配はない。拳で、足で、その身体を痛めつける鈍い音に、輝夜のうめき声が混じる。  ――盗賊の見せしめや仕置きにもこんなにひどいものは無かった。  耳を塞ぎたいのに、身体を押さえつける力が強くて身動きが取れない。  早く逃げなくては。  輝夜を連れて、どこか遠くへ。  二人一緒なら死んでもいいと思った。それは本当だ。でもそれは、きっとここではない。もっとずうっと後の話だ。暴力に屈するのではなく、平穏に暮らして、平穏に死ぬのだ。  一体、どこで何を間違えたのだろう。  きっと最初からだ。輝夜が己を拾ったあの時から、歯車は狂いだしてしまった。誰が、何が悪いのかは分からない。竜巳の中に存在するのは、輝夜とともに生きたいという願いだけだった。  ――その夢のためならば、鬼にでもなろう。  頭の中がもやがかったように不鮮明で、考えがまとまらない。輝夜を救わなければと、気ばかりがはやる。  背後で下卑た笑い声が聞こえた。全身の血が逆流していく。冷静さを欠いた頭に反して、暗かった視界が鮮明になり、全身の血がたぎりはじめるのを感じた。  気づけば、竜巳は輝夜へのその暴行を凝視していた。  あの男が負けるはずがない。死ぬわけがない。あの男は鬼なのだから。  だが、その美しい鬼は横たわったきり、暴行に何の反応も示さないようになってしまった。 投げ出された四肢を蹴り転がしていた二人組が、輝夜の髪を引っ掴んで持ち上げ、その顔を覗き込む。 にやりと顔を見合わせて笑いあうと、手にしていた刃物を振り上げる。 竜巳は目を見開いた。 「おとなしくなったな小僧、そんなに衝撃的だっ……あ……?」  刃物が降り下ろされかけた瞬間、竜巳は勢いよく男の手を振り解くと同時に、落ちていた刃物を拾い上げてその首をすぱり、と刎ねた。  血飛沫が飛び散り、顔と衣類を濡らす。  ごろり、と男の頭が転がり、動力を失った身体がばたりと倒れた。 「なんだ⁉」  突然の物音に、今にも輝夜の頭を切り落とそうとしていた男の動きが止まる。そして戦慄の表情を浮かべた。  目を見開いてこちらを凝視する輝夜と視線が交差した。  ――ああ、生きている。  獲物はまだそこにいる。殺さなくては。輝夜が殺されてしまう。  竜巳は刃物を敵に向けたまま――。 にたり、と嗤った。 「っ、おい小僧、なんだ貴様――!」  そこで竜巳の意識はぷつりと途切れた。

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