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第57話

 恍惚と、晴れ晴れとした表情さえ浮かべながら、輝夜はべらべらと言葉を並べ続ける。 「鬼の身体は傷の治りも早く、身体は武道に長けている。幼いお前はその最中にいるが、丸腰の人であれば簡単に首をひねることも容易いだろう。よかったな、憎い男を、佐平を殺めるのにも苦労しないだろう。――なぜ、そんな顔をするのだ」  輝夜が苦し気に眉根を寄せる。言葉の刃は彼自身をも傷つけているのだ、と気づいて、もういいよと止めてやりたい思いに駆られる。だが混乱して上手く言葉が出てこない。 「……分からない。たぶん、悲しいから」 「は」 「あんたのことは、憎い。でも、信じてた。なあ、あんたは何がしたいんだ……? 何が望みなんだ? 俺、あんたのことが分からないよ。どうして、俺のこと甘やかすだけじゃなくて、抱いたりしたんだ? 兄貴なのに、おかしいって分かってただろ? あんたを殺せって? あんただって俺を殺せなかったのに、できるわけないじゃないか……!」  輝夜の表情が強張る。 何かを躊躇う仕草を見せた後、腕と頬をなぞっていた手が、するり、と細い首筋に動いた。 「甘ったれたやつめ……!」 「ぐっ……!」  喉元に両手を重ね、力を籠められる。実をよじって苦しみにもがく竜巳に、輝夜はくすりと笑った。 「ここで俺を殺さねば、お前が死ぬのだぞ」 「なん、で……!」  どくどくと心臓に合わせて全身が脈打つ。息が詰まって目の前が霞んだ。  このまま死ぬのだ、と思った。この美しくいとしい男に殺されるのだ、と。  その感覚は出会ったばかりの頃、死を覚悟したその時のものとひどく似通っていて、どこか冷静な頭の隅で苦笑した。  首が折れてしまうのではないかというほど強い力から逃れようと何度もその手を引っ掻いた。外れる気配はなかった。 閉じた視界が闇に呑まれ、意識が途切れかけたその時――竜巳は内側に熱が生じるのを感じた。

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