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第56話

この男の目に、竜巳はひどく滑稽に映っていたことだろう。見当違いな復讐を望み、真の敵に教えを乞い、その身体を委ねたのだ。彼に懐く様子を眺めては笑っていたに違いないと――竜巳ははらわたが煮えくり返る思いだった。 「あんたが……! 待ってくれ、なんで……」 「憎いか。憎いだろうな。もっと憎め。佐平と同じか、それ以上に」  輝夜は笑いながら言った。 「――だが、結局俺はお前を殺せなかった」  俺も甘ったれだ、と続ける。 「先ほど、間者が里に舞い込んだ話をしただろう。あれを、あれを招き入れたのは俺よ! まだ幼い時分の愚かな俺は、このちっぽけな里が嫌でならなくて、滅んでしまえばいいと思っていた。願ってしまったのだ。――お前と、ずうっと遊んでいたくて、な」 「!」  竜巳は愕然として顔を真っ青にした。伊織の言っていたのはこのことだったのか、と・  胸に渦巻くこの感情をなんと名付けようか。 憎らしいのだろうか。愛しいのだろうか。なんて不器用な男だろう、と思った。己を憎めと言いながら、彼が望んでいるのは愛されることのように思う。であるはずなのに、決定的な言葉を拒絶した。彼のことが分からない。 「なぜ泣く」 「……泣いて、ない」  視界が歪んでいるのは気のせいだ。まだ目から溢れてはいない。負けていない。 「ふはは、泣くほど俺が憎らしくなったか」  違う、そうではない。それだけではない。その言葉が咄嗟に出てこなかった。  愉快そうに弾んだ声はあまりにこの場にそぐわない。竜巳はただただ怯えた。この男の心に潜む闇の深さを垣間見た気がした。

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