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第59話
「……!」
「離せ」
ぱちり。目を開けた竜巳が、じわじわと輝夜の手を引きはがし始める。それは子供とは思えぬ力であって、輝夜は目を見張り、嗤った。見開かれた竜巳の瞳は、血で染め抜いたような仄暗い赤をしている。
「ぐ……! お前……!」
竜巳は無言だった。想定外の力の強さに、輝夜は驚嘆し、興奮したように目を血走らせる。
「……はなからこうすればよかったのだな」
「!」
そう輝夜が口の端を上げて力を抜いた瞬間、彼の身体は勢いよく後方に弾き飛ばされた。
「っ、ぐ……!」
床に強かに腰をつけた輝夜が呻く。
竜巳は弾かれたようにむくりと身を起こすと、信じられないものを見るような眼で、己の両手と輝夜を交互に見遣った。
「い、今、俺、何が――」
輝夜を突き飛ばした事実に、竜巳は狼狽した。双眸(そうぼう)は未だに真紅のままで、それを見た輝夜が、座り込んだままくつくつと笑う。
顔を上げた輝夜に押し倒される。
その表情は沈痛で敵意はなかった。顔の横に両手をつかれると、鼻と鼻が触れ合いそうなほどに顔が近づく。彼の長めの髪がさらりと落ちて、竜巳の肩をくすぐった。
「さあ、俺を殺せ。憎いだろう。ここで殺してしまえば、お前の憂いもひとつ晴れる。なあ、そうだろう」
必死に言い募るその様は哀願(あいがん)にも見えて、竜巳はふるふると首を横に振った。
「無理、無理だよ。あんただって俺を殺せなかった。それなのに、無理だ」
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