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息子と花のせんせ

どの小学校も、給食室を開けると、ふわっと美味しそうな匂い臭いがする。 ハウスメーカーの営業一筋十二年。 体に染み付いた営業スマイルで、今日も米飯を市内の各小中学校に届ける。 「佐田さん、急ですみませんが、明日納入のツイスト、ドックパンに変更できますか⁉」 米飯が入った保温箱を、ワゴン車から台車に移していると、栄養の先生に声を掛けられた。 「会社に戻ってから、確認して連絡します」 先生に納入書を渡し、軽く頭を下げ、足早に車に乗り込んだ。 助手席には、五歳になる息子・蓮が、足をブラブラさせて座っている。 「パパ、おはなのせんせのとこは?」 「これから行くぞ」 「やったーー!!」 息子がいう、おはな(花)のせんせとは、児童数が百人に満たない、大澤小学校の用務員の事だ。マメに花壇の手入れをしていて、今の時期、色とりどりのパンジーと、チューリップが咲き誇っている。 蓮は人見知りが激しくてなかなか人慣れしない。 そのせいで、折角、市立の保育所に入れたのに、三日と持たなかった。 会社の社長夫妻が、見かねて、蓮との同伴出勤を提案してくれて・・・。 お陰で助かった。 その息子が、珍しく自分から声を掛けたのが、その小学校の用務員だった。 (見た目は、どこにでもいる普通の子供なんだが・・・) 蓮は、軽度の発達障害(自閉スペクトラム)をかかえている。 俺も最初は、その障害について、全く知らなかった。 知らぬ事とはいえ、カミサンを傷付け、息子から母親を奪ってしまったことは事実で。 悔やんでも悔やみきれない。 「蓮、シートベルトをして」 隣ではしゃぐ息子を横目に、ハンドルを握り、エンジンをかけた。

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