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志村は顔を真っ青にさせ必死の形相で懇願した。
「俺はどうなっても構わない!! だから、涼太様の自由を奪うような……彼の人間性を無くしてしまうような真似だけは、頼む……止めてくれ」
すると京一はナイフを畳み、スーツの胸ポケットにしまう。志村のカタカタ震えている細い肩を軽く叩いて大声で笑った。
「ジョークだよ、本気にするなって! お前のおかげであれ以来、涼太に変な虫が付く事がなくなったし、彼本来の美しさに磨きがかかって以前よりも綺麗な状態で俺の元へ戻ってきたんだ。お前には心から感謝しているよ」
志村の首元に京一の唇が寄せられフッと息を吹きかけられる。
「だから、馬鹿な事をして俺をがっかりさせないでくれよ」
恐ろしい脅し文句を最後に京一は、興味が失せたかのように志村から視線を外し、仲間の1人と一言二言会話をして部屋を後にするのだった。
――――志村はその場にへたり込んで涼太の名前を小さく呟いた。
日の光が眩しくて目を開くと涼太の目の前には優しく微笑む京一の姿があった。夢現で瞼を擦りながら体をゆっくり起こすと額に軽く口付けられる。
「おはようございます、涼太さん。体は大丈夫ですか?」
「おはよ。……んっ、大丈夫だ」
僅かに腎部に残る違和感と鈍い痛み。全身に感じる気怠さ。それらは自分が京一のものになれたという証に思えて涼太は嬉しかった。
手渡されたペットボトルから常温の水をゴクゴクと一気に飲み干し、空になったそれをぞんざいにゴミ箱へと投げ捨てると涼太は京一の体に腕と足を巻きつけた。
「俺達恋人に戻れたんだよな?」
「そうですよ。どうしたんですか?」
涼太が表情を曇らせる中、京一は子供をあやすように優しく涼太の背中を叩いてやる。
「こんな風にお前と朝を迎えるなんて思わなかった。夢じゃないかと不安になるぐらいだ。もう一度会えたとしても、お前は俺を恨んで許してくれないと思っていた」
すると京一は壊れ物でも扱うような手付きで涼太の頬を包み込んでやる。
「そんなことないです。だって、あれは転校生が悪かったんだから。涼太さんは何も悪くないですよ」
(そう……大切な貴方に、色目を使ったあいつが全部悪い。でも、安心してね。あいつはどっかの国に売り飛ばしたから今頃色んな男に足を開いて、無様に生活してるよ)
京一の口元が不自然に歪んだ。
転校生の不幸など知らないまま、彼の狂気に気付かないまま涼太は京一の頬に触れるだけの口付けをした。
ただ愛しい人に愛されるという、この上ない至福を噛み締めるために……。
「ありがとう、京一。愛してる」
「俺も貴方の事を愛しています。涼太さん……」
そして二人は再びシーツの海を泳ぐのだった。
この世で一番芸術的に美しいと思うものは赤と白、そして黒のコントラスト。
誰も踏み込まない雪の世界を逃げ回る黒いコートをきた男達を撃ち殺すゲームも、白いドレスを着た女に火を放って生きながら黒焦げになっていく姿を見るのも大好きだ。
赤と白と黒。それぞれがうまい具合に調和していれば何でも素敵だと感じるように俺はできている。
平和ボケした退屈な国、日本。
ここで初めて涼太に会った時思ったんだ。その陶器のように滑らかな白い肌には、アジア人特有のエキゾチックな黒髪とベルベットの首輪がよく似合うだろうなって。
そんな荒んだ格好や態度、腹を壊してしまいそうなぐらい不味そうな獲物を食らう嗜好も全部、君には似合わない。馬鹿みたいに甘やかされて、愛されて、真綿に包まれるように優しく囲われている方が絶対しっくりくるって、そう確信したよ。
だから近付いたんだ。
涼太に近付く獣を牽制して手懐ける計画を練った。事態はとんとん拍子に進み、信じられないぐらい思惑通りになった。涼太には俺の存在を覚えさせて可愛い牙と爪で将来の主人を傷付けたりしないように懐柔し、依存するように仕向けた。もちろん変な小物に惹かれて好き勝手に欲情しないようにも教え込んだつもりだったんだけど、それは一度失敗した。
まあ、そこはこれからゆっくり調教していけばいい。
ついでに、いつも引っ付いてる金魚の糞は俺に歯向かおうとしたが、結局は金魚と猫がいなくなる事に怯え、猫の容姿を綺麗に整えておくようにという命令を、金魚と共に従順に守ったから誉めてやろうと思う。
……ああ、ようやく手に入れることができた! こんなに心躍る事は生まれて初めてだ!!
ねえ涼太さん、今度は俺を嫌いになったり、裏切ったり、逃げるようなことは絶対しないでくださいね。そんな事したら俺、貴方の大切な人達全員ぶっ殺しちゃうから。一人になっても大丈夫、安心して。
頭の中が俺一色になるだけだから。
もちろんその時は四肢を切り落とされて鎖に繋がれるのを覚悟してね。二度と外の世界に出たいなんて思えないようにしてあげる。
ねっ、俺の可愛い、可愛い、涼太 。
(End.)
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