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 愛が欲しい。俺を世界で一番愛してくれる人「たち」が欲しい。ひとりじゃ嫌だ。だってその人だけに依存して、捨てられてしまったら……その時俺の心は死んでしまう。  不特定多数の人に愛してもらいたい、愛されたい、愛したい。そのために沢山努力しなくちゃいけないんだ。  どんな人間にも平等に接し、選り好みなんかせずにみんなと仲良くならなきゃダメ。常日頃から笑顔を振り撒いて相手の話は最後までちゃんと聞いて、相手がほしがりそうな受け答えをする。ケンカをしたり自分が悪いことをしたらちゃんと誠心誠意謝る。これは絶交されるかなと思っても駄目元で頑張ってみて関係を一日でも長引かせるようにする。  でも、一番重要なのは容姿も頭脳もこれで十分なんて思わず、もっともっと洗練されるように磨き続けること。  その状態で体を求められたら、キスやセックスをするのは朝飯前。老若男女、容姿の美醜なんか関係ない。  だって、みーんな俺に関わってくれる親切な人たちだからね。俺が大切な人たちにできるお礼なんて自分の体を捧げるぐらいしかないしね。ただお互い病気になったら辛いし最悪関係を切らなきゃいけないから、オーラルはなし。コンドーム必須がお約束。  これが俺、宇野原静流(うのはらしずる)の生き方。 ※  ――――人からはよく「金持ちの家に生まれて蝶よ花よと育てられた世間知らずのお坊ちゃん」なんて言われるけど、それって俺が演技してたからそう見えるだけ。実際は全然違うんだよね。  両親は政略結婚を無理矢理させられたせいか、すこぶる仲が悪かった。俺が物心つく頃には二人とも外に作った愛人と過ごす時間の方が長くて、俺の面倒は爺ややメイドたちが見てくれていたんだ。  あの人たちは俺を自分たちの子どもだと思っていない。家の跡を継ぐ後継者が必要だからしょうがなく作った「物」だと思っているんだ。  二人の姿を見かけて、話しかけてもあの人たちは、まるでそこに何も存在していないかのように平然と振るまう。催しごとがある時ですらあらかじめ、お菓子やおもちゃを与えられて「邪魔をしないようあっちへ行ってなさい」と体よく追い払われてきた。  家族で仲良く食事したり、出かけたり、ましてや旅行をしたことなんて一度もない。三人揃うのは年に二、三回あったらいい方で、よくよく考えてみると一年顔を会わせないなんてことの方が多かったり。  それでも馬鹿なガキはどうして自分が他の子どもたちみたいに両親から愛されないのか、なぜ彼らがそこまで不仲なのか、どうしたら自分を見てくれるのかわからなくて、悲しい悲しいとメソメソ泣きながら汚い鼻水を垂らしていた。とんだ笑い話だよね。  でも――そんなやつはどこにもいない。とっくの昔に死んだから。  俺は愛される方法を教えてもらって今の静流()として生まれ変わったんだ。母の実の弟である叔父のおかげでね。  叔父は父を心の底から本気で愛していたよ。だけど父と母は生まれる前から決められた許嫁同士。しかも父は宇野原家唯一の跡取りだ。母と結婚して当主となり、|次期当主《子孫》をこの世に残さなければならなかった。  叔父の気持ちが報われようが報われまいが、そんなことは関係なしに叔父の思い人()は義兄となり、実の姉()の夫となる。それは天と地がひっくり返ったとしても変えられない不変的事実(運命)。  諦める――それ以外の選択肢が、彼には用意されていなかったんだ。  彼はほのかな恋心を口にすることもせず、ただただ影日向から父の姿を見つめ続けてきた。それは、それは気持ち悪いストーカーのように。  それにもかかわらず父には最初から男の愛人がいて、そいつと(ねんご)ろな関係だったなんて悲劇だよね。そんなことを知れば、叔父が嫉妬の炎を燃やして遂には愛に狂ってしまったのも、仕方がないと思うよ。  なにせ叔父は他の人間なんかに目もくれず、ただひたすら父だけに一途だったから。まるで父のことを神のように崇め、信者の如く傾倒していたんだ。  だから、父が愛人に抱かれている姿を目にした時はひどいもんだったよ。きっと、自分の愛した絶対的なものに裏切られ、存在を否定され、恋心も人生も踏みにじられたような気分にでもなったんだろうね。  ――父と母、そして父の愛人への怒りを胸に、彼はそのすべてを子どもである静流()へとぶつけた。  たった一人しかいない跡継ぎの教育を両親が放棄し、愛人とよろしくやっているなんてスキャンダルが世間に広まってしまったら大問題だ。付き合いのある有力人物たちとの繋がりを絶たれ、あらゆる方面から叩かれては一族に汚点が付くなんて最悪宇野原の家が潰れ途絶えてしまう。  そうならないために「仕事が忙しく子育てをしている暇のない両親の変わりに、心優しい叔父が可哀相な甥っ子を引き取り育てている」というシナリオがあの家には必要だったんだ。  馬鹿なガキにとって叔父という存在は、救いの神や仏のように思えた。なにせ、そいつには自分をちゃんと見て接してくれる人間なんて、今まで誰ひとりとしていなかったんだ。爺やもメイドも最低限の接触しか取らなかったから。

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