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でも叔父は本当に優しかったんだ。
休みの日の度に色んな場所へと連れてってくれたし、ほしいものはなんだって与えてくれた。いつだって、どんな時でも俺を一番に可愛がり、そばに置いてくれた。
キスをして抱きしめて、痛くないように快楽だけを感じるように抱いてくれたし、暴力だって一度も振るわれたことがないんだ。俺が他の人と仲良くできる方法やきっかけも、ちゃんと一から教えてくれたよ。
人によってはそれは性的虐待だなんて言うけど、なにも知らない連中にそんなこと言われたくない。近親相姦は確かによくなかったかもしれないけど、俺にとってはこれが生きていく方法 。これが俺の「愛」なんだ。
そんなのは間違いだなんて、否定されたくない。否定するなんて許さない。
※
「ねっ、ほら! だからこの話はハッピーエンドで、だれもなにも悲しむ必要なんてどこにもないでしょ。……権兵衛(ごんべえ)?」
どうして、そんな悲痛な面持ちで俺を見るの?
俺はお前に俺という人間を知ってもらいたくて、ただ笑ってほしくてくだらない過去の話をしただけなのに。
この話をすると大抵みんな負けず劣らずに自分の不幸話を始めたり、面白いジョークを言うねって笑ってくれるのに……おかしいな。
ああ、もしかしてあいつみたいにドン引きしたのかな。俺のことを愛してるなんて口先だけだった最低野郎。
恋人がいたのに、なんで俺に興味を持ったのか本当訳わかんない。恋人ごっこをしてあげたら、ビチクソとか暴言吐いてきて、挙句の果てに殴りかかってきやがったんだよね。
ないわー。色んなものが萎えちゃうよ。
権兵衛は溜め息をひとつ吐いて口を開く。
なにを言われるんだろうと内心ビクビクしてるとか、恰好悪すぎじゃない!? ていうか、あれ。
――なんで俺、目の前の彼の行動をいちいち気にしてるんだろう?
「あのさぁ、僕みたいなのが言っても説得力に欠けるけど、思い人に見向きもされないからって面影をその人の子どもに重ねて代用するだなんて――大人として、人間として最低だよ。お前に自分の恨みをぶつけて、性欲を発散する道具として扱うなんて、そんなの、きっと…………愛じゃない」
思わずよかったと胸をなで下ろす。引かれたり嫌われたりしたわけじゃないんだよね? それどころか俺のこと考えて、心配してくれたんだ。そういうの嬉しいな。
でもね……。
「そんなこと、どうでもよくない? 叔父さんの一番が親父なのなんて最初からわかってるし。それなのにもかかわらず、親父やお袋みたいに俺のこと育児放棄しなかったんだよ? これが愛じゃないなら、なんだって言うの?」
「お前の両親も大概、どうかしてるよね。叔父さんは、世間体とかそういうのを気にしてただけなんじゃないの。自分の征服欲や、支配欲を満たしてくれる大切な愛玩動物(ペット)であるお前を、飼い殺し状態にしたかったとか?」
「愛玩動物(ペット)。……あははっ、相変わらず権兵衛の表現は面白いね!」
権兵衛は俺の言葉に眉をひそめた。
あー、もう! さっきからなにやってんだろう……権兵衛のこんな顔、見たくないのに。いっそここは、話題をすぱっと変えちゃった方がいいよね。実はさっきから聞くかどうか迷ってたこともあるし。
「ねえ、目的地に着くのって、後どれぐらいかかりそうなの?」
「……まだ当分かかると思うよ。ていうか、よくそんな身の上話をして暗い気持ちにならないよね。本当、お前のそういうポジティブなところ、すごい尊敬する」
なんでだろう? どうみたって凡人な顔立ちなのに権兵衛が頬杖をついて冷めた目線をよこしてくるの、すごくドキドキするしゾクゾクする。その目でもっと見つめられていたいとか思うなんて……俺って、実はドМだったのかな?
いやいや、ないない。痛いことも、怒られるのもこの世で一番大嫌いだから。
「えー、なになにほめてくれるの!? すっごく嬉しいんだけど!」
「いや、皮肉で言っただけだから。ほめてないし。そんなことで喜ぶとか、おかしいよ。それよりも――少しは警戒したり怯えたりしないわけ。この状況理解してる?」
そう、実を言いますと俺・静流はただいま両手両足縄を荒縄で縛られお船で輸送、間違えた。出荷中です!
ていうか俺、床に転がされてるんだけど、冷たいコンクリとかボロい木の板じゃなくて、ふわふわ肌触りのいいマットレスの上! しかもきれいなトイレもあるし、安全な水を飲み放題。美味しい食事を一日一回は必ず与えてもらえるとか超ヤバくない!? もちろんトイレタイムもちゃんとあって、その時は縄も外してもらえるとか対応凄すぎでしょ。
第一、船酔い全然しないとかどんだけリッチな船に乗せてもらってるんだよって話。
なんか、拉致された割にすごーく丁重な扱いされてて、大切にされてると勘違いしそうになる。ストックホルム症候群とか言うのにかかっちゃったのかな?
だってこの実行犯は権兵衛で、俺の高校時代の唯一の友だちだし!
「権兵衛……ああ、正しくはジャックか。ずっとお世話になってたし、それに、あの学園の中で親切にしてもらったのが嬉しかったから。だから今、お前に今ひどいことされても怒りや悲しみ、絶望とか全然感じないんだよね。まあ、あいつには殺意が湧くけどね」
「別に……あれは僕が君にやりたくて、勝手にやっていただけだし。僕は――君を友だちだと思ったことなんて、一度もないよ」
※
叔父と海外旅行中に、この黒髪黒目、中肉中背。絵に描いたような平凡男が目の前に現れた時は心底驚いた。
確かに学園の中では仲良くしてたけど、それって俺が一方的に彼にべったりくっついて振り回してただけだし、二年一緒の寮部屋で過ごしたのにもかかわらず、電話番号もメアドもコミュニケーションアプリのIDすらも知らないんだ。
きっと、権兵衛は俺なんかには興味ない。むしろ嫌っているぐらいで、しょうがなく付き合ってくれているだけだと思ってたのに、まさか再会できるなんて夢みたいだ。
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