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たとえそれが、あの男が俺を社会的に抹殺するために命令されたことで、どこかへドナドナされて売り飛ばされるとわかっていても不思議と恐怖感はない。
ジャックが自分のために甲斐甲斐しく世話をしてくれたり、くだらない話をするのを許してくれて、しかも相槌までうってくれている状況だからかな。ちょっとシチュエーションはおかしいけど、こうやって船旅をしていることにだってワクワクしてる。
自分が普通の人と比べて随分ずれているし、どうかしてるって十分わかってるよ。だけど、心が勝手に躍ってしまうんだ。どうしようもないぐらいに。
「よく僕の名前がジャックってわかったね」
「ええっ!? 船員達がJ ってコードネームで呼んでたし、権兵衛だから名無しのっていう意味かと思って適当に呼んだだけなんだけど。この名前もしかして、あのイカレ野郎が考えたの? 信じらんねえぐらいに、すっげえ安易。最低じゃん!」
――そう、あの目付きも雰囲気も明らかにヤバいあの男と比べたら、彼と一緒にいれる方が俺の精神衛生的にずっといい。
叔父さんの仕事の関係で転校させられた有名男子校に、まさかあんなサイコ野郎がいるなんて想定外だっつーの。つーかあの学園、学費半端なく高いし、富豪の子どもたちのほとんどがゲイだったり、抱きたい・抱かれたいランキングがあったり、親衛隊という名の過激ファンクラブが存在するとかマジでヤバいとこだったけど……(蓋を開けたらあら、ビックリってね)。
本当イかれてるよね。それかセックスのし過ぎで神さまのバチがあたっちゃったとか? だとしたら爆笑もんだわ。
ゲラゲラと馬鹿笑いをするのは流石にまずいと思われたのか、木製の扉が乱暴に叩かれる。ドア窓から厳つい男がこちらを睨みつけ、低い声で早口に文句を言ってくる。おお、怖っ!
ていうか、どこの言葉しゃべってるのか全然わかんないし!! せめて英語だったら少しは言ってる内容理解できたかもしれないのに、残念。
――さすがのジャックも俺の笑い声が外に漏れたらヤバいと思ったのか、渋い顔をしながら俺に銃を突きつけてきた。本物の拳銃かな。なんて名前なんだろう?
「お願いだからうるさくしないで。この船を他の連中に怪しまれるわけにはいかないんだ。最悪僕は君の口を塞がなくちゃいけなくなる」
そう言いながらも、トリガーガード内に指をかけようともしない。第一この部屋どう考えても防音対策されてないから銃ぶっぱなしたらとんでもない音するよね。
やっぱり本質は学園内で権兵衛をやってた時とは変わらないんだなと思うと自然と口元が緩んだ。
「そうだね、うるさくしてごめん。大声出さないよう以後気を付けるよ。……優しいんだね、ジャックは」
「はあ? なに言ってるの。頭大丈夫?」
ゴリゴリと額に銃口を押し付けられるのって地味に痛いなあ。こんな体験するのは初めてだ、なんてのんきに思えば思うほど、脳みそは冷静になっていく。
「積み荷とごまかして海に沈めたり、旅行中に具合が悪くなって死んだ風に装うこともできた。殺そうと思えばいつでも殺せたのに、今もこうやって傷ひとつない状態で生かしてもらってる。しかも目隠し、猿轡 、耳栓なしでね。ジャックが俺を殺そうと考えてないのバレバレ」
ジャックはあからさまに戸惑った様子を示し、目を閉じる。そのままベッドの上に腰かけ、拳銃を胸ポケットにしまいながら俺の体を足で軽く転がした。
「お前を生かすのは、京一さまから生き地獄を見せるようにとの指示があったから。それに僕、船酔いする達だからボロイのは嫌なの。それより――覚悟しておきなよ。これから死んだ方がマシって思うぐらいにひどい目に遭うんだから」
「地獄かぁ。うーん……痛いことは嫌だし、人間として扱われないのも嫌だよ。でも、だれにも愛されず孤独に死ぬこと以上に恐ろしいものはないかな。それより叔父さんは? 一緒にバカンスに来てたはずなんだけど――殺しちゃった?」
あの人が死んだとしても会社の重役に就いてたわけじゃないし、宇野原の家としてはそんなに困らないんだよね。俺が行方不明になったのが判明しても親父たちが勝手に都合いい言葉で揉み消して、平然と世間様に嘘の公表するだろうし。
でも、叔父さんは一番最初に俺を愛してくれた人だし、育ててもらった恩もあるからちょっとどうなっちゃったのか気になるんだよね。
「そうだよ。あまりにも君を返せ、返せってうるさかったから、死んでもらった」
「ふーん。あの人のことだから親父に会えなくなるのは、嫌だって命乞いしそうな感じなんだけど、めずらしいこともあるもんだね」
「…………」
そうして沈黙が訪れたけど、別に不快じゃないから特に気になったりもしない。寮で生活してた時も結構権兵衛は無口だったし。そこも演技じゃなかったことに内心ホッとする。
「で、あんたたちのボスである京一は、俺以外の人間にもこういうことしちゃってるわけ? 涼太とか一番被害に遭ってそうだよね。すっげえ信じられないぐらいに執着されてたし!」
「――涼太さんの両親は自分達の会社が倒産しそうなぐらいに借金まみれだったから、金欲しさに彼を京一さまへ売り払ったよ。志村さんは涼太さんと妹さんを人質にとられ、生活するための金銭を贈与してもらった手前があるから、あの方に逆らえない状態に陥っている」
やっぱりというか、なるほどしっくりくるというか……とにかくあの二人はあいつに確実に絡めとられちゃったわけね。俺もこんなんでとやかく言える立場じゃないけど、ご愁傷さまって感じ。
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