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第壱話 出会って突然

「出ていけ!!そして二度と帰ってくるな!!」  大声を出した黒髪の男が叫び、バァンと壊れるんじゃないかと思うくらいの勢いで、黒い扉を思い切り閉めた。  ……あー……やっちまった。  でもアイツが俺のことを、彼女にフラれた八つ当たりとか何とかで殴ってきたから、ちょっと怒鳴ったのに、何で俺が追い出されるんだよ。  まあ、嫌われてるから仕方ないか……。  あ、どうも皆さんこんにちは。雅楽川緋色(うたがわひいろ)です。只今家から__厳密に言えば今日まで暮らしていた親戚の家から追い出されました。  因みにアイツというのは、親戚のクソ息子で、何度も何度も俺にいちゃもん付けて、殴ったり蹴ったりしてきやがった大嫌いなヤツである。  正直恨みはあるが、学校には行かせてくれたし、ご飯も用意してくれたので、ご飯すらもくれなかったような昔の奴らよりはマシだったと思う。  別に追い出されても良かったのだが、家の中に置いてきた俺の荷物だけは返して欲しい。  そう思っていると、家の中から無言で俺の少ない荷物が放り出されてきた。  俺は軽く安心して、放り出された荷物を整えて持ち、歩き出そうとする。 『オイダサレタ』 『カワイソウ』 『オレタチノヒイロガ』  ふと小さな話し声が聞こえてきて、自室を見上げると、そこには小さく黒い生き物が悲しそうな顔をして、こちらを見ていた。  彼らは只の生き物ではない。トイレの花子さんや、河童などの所謂妖といった類の者達だ。  彼らは普通の人間には触れるどころか、見ることも出来ない。  しかし俺は、昔から彼らを見て触ることが出来た。理由は分からないが、幼い頃からだったので、多分生まれつきのものだったんだと思う。  俺は彼らのことが好きだった。面白いものは見せてくれるし、何より幼い頃に両親を亡くした俺に、優しくしてくれたり、遊んでくれたりしたからだ。  ただ彼らは基本、周りに見え触れられる事はない。故に未知であるし、架空の生き物として扱われているのだ。となれば見て触れる俺に、周囲の目は厳しい目を向けてくるのが当然だ。  おかげで高校生になっても友達はおらず、親戚の家をたらい回しにされるはめになった。後悔をしていないと言えば嘘になるが、彼らと触れ合える事が出来るので、特段気にしてはいない。 「ごめんな。また来るから」 『ヤッタヤッタ』 『デモ、アイツラガイル』 『ヒイロ、ムリシテコナクテイイ』 「いや俺が寂しいし、悲しいから来れたら来るよ」  そう告げると、彼らは嬉しそうに笑いながらも、白い涙をポロポロと流していた。  彼らとは一年程の付き合いだったが、色々助けてくれたりした。  助けてくれたとは言っても、彼らはあまり力がなく、精々殴られそうになった時、アイツを軽く躓かせたりだとか、勉強で分からないところを教えてくれたりだとかだったけど、俺にとってそれはとても救いになった。  もしかしたら彼らがここ約一年、俺の心の拠り所だったのかもしれない。  彼らに手を振って、今度こそ歩き出す。  彼らがいるから心残りはあるけど、戻れるわけがないので仕方ない。  さて、これからどうしようか。  外灯の白光に照らされた黒いコンクリートの地面を歩きながら、今後についてを考え始める。  今日はもう夜だから野宿で我慢するとして、明日からは家を探さないといけない。  でもお金はそんなに持ってないし、新しい家に住むにしても保護者とかいないと多分無理だ。  となると最悪孤児院か……正直行きたくないけど、この際仕方ない。 『ヒイロダ』 『オイダサレタノカ』 『ダイジョウブカ?』 「ああ、多分大丈夫だよ。ありがとな」  野に住む妖達に話し掛けられて、周りを軽く見渡してから返事を返す。  いくら知らない人とはいえ、変な目で見られるのはあまり良いものじゃないし。  その後もそんなやり取りを続け、近くの公園までやってきた。  メジャーな遊具が設置されている園内にあるベンチに座って一休みする。 『__』 「!?」  今、何か、聞こえた……?  突然の事に驚いて、座ったばかりのベンチから立ち上がる。  何を言っていたのかは分からないが、妖の声である事に間違いはない。  警戒しながらも、周りを見渡す。  改めて良く観察すると不自然だ。全くと言っていい程妖達の声が、姿が見えない。今までずっといたはずなのに、こんな事は始めてだ。  夜風によって草木が揺れる音がする。それが普通のはずなのに、俺には嫌な感じしかしない。 『__緋色?』 「!?」  目を見開き、後ろを勢い良く振り返る。  そこには男が一人、立っていた。  暗闇にいてシルエットしか見えない男はゆっくりと此方へ歩を進め、外灯の下に姿を見せた。  男の姿が見えた時、俺はごくりと唾を飲む。  何故なら男の顔が、あまりにも整っていたからだ。  艶のある黒髪に、陶器のように白い肌、瞳は際立つような赤色で、妖美な光を灯している。スタイルも抜群で、高身長にすらりと伸びた手足というまさに完璧なルックスとスタイルの持ち主だった。そして現代にしては珍しい黒に真っ赤な椿の刺繍が入った着物と、黒の上に際立たせるように羽織っている白の羽織を纏っていた。  そこまでは普通の人間であるが、一つ問題があった。  問題というのは__彼の頭から角が二本生えている事だ。  角は瞳と同じ赤色で、特徴的な形はしていないが、少し異様な存在感を放っていた。  その角を見て、俺はこの男が鬼だという事を確信する。 『っ!!緋色!!』 「っな!?」  瞬間、五メートルくらい先にいた筈の男が、一瞬で目の前に来て、突然抱き付いてきた。  それと同時に鼻にまとわりつく強烈な酒の臭い。  え!?え!?さっきまでこの人向こうにいたはずじゃ……てか何だこの状況!?そして酒臭い!! 「ちょっ、どなたですか!?やめてください!!」 『っひ、いろ……?俺の事、覚えてねえのか……?』  胸を少し強めに押すと、男はあっさり離れて俺を驚きの目で見てくる。  ?何の事だ?一応言っておくが、俺はこの男とは初対面だし、こんな人型の鬼ですら始めてだ。 「見た事もないんですけど……?」 『なん、で……?』 「何でって言われても……」  そう言われても知らないものは知らない。  男は俯いて、黙り込んでしまった。 「あの、何かすいません」 『…………ょ』 「?え?」 『なら、思い出させてやるよ』 「んんっ!?」  そう言って男は、俺に突然キスをしてきた。

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