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第弐話 キャパオーバー

 唇の柔らかい感触に混乱しながらも、先程と同じく胸を押して離れようとするが、今度は全く動かない。それどころか頭と腰に手を回されて、体を密着させられる。 「んっ、む」 『……口、開け』  一旦口を離した男は不機嫌そうに、少し眉をひそめた。  しかし俺も開いてやるわけにはいかないので、ふいと顔を背けて、そっぽを向いてやる。  すると男は俺の行動が気に食わなかったのか、首元に顔を寄せて来た。  男の吐いた生暖かい息が、首にかかって鳥肌が立つ。 「や、やめっ!!__っあ」  文句を言おうとして開いた口に、待ってましたと言わんばかりの速さで男の舌が入ってきた。  舌が口の中を這う感触にゾクリとして、体の力が少し抜ける。 「はっ……ん、く…」  一瞬絆されそうになって、すぐに我に帰りガリッと男の舌を噛む。 『チッ、いってえな……』  俺から離れ、舌打ちをする男の口からは、少量の血が付いている。  一方男から解放された俺は、素早く離れて荒くなった息を整えていた。  今、キ、キ、キスされた!?  しかもファーストキスとセカンドキスが……!!  で、でも何か二回目の方は、ちょっと気持ち良かった……って何考えてんだ俺は!!  そんな事を考えて顔が赤くなるのを感じると共に、突然キスされた事への怒りが込み上げてきた。 「一体何なんだよあんた!!」 『……胸元、見てみろ』 「は……?」  男が胸元を指差して来たので、不思議に思いながらも、Tシャツを引っ張って覗いてみる。  すると胸と鎖骨の間に、赤色の花の形をした印のようなものが付いていた。  それを見て混乱すると共に、頭に激痛が走る。  反射的に頭を押さえて目を強く瞑る。 『__!』 「__」  ザザッ、ザーッ  頭にノイズが響き、何かの映像が流れる。  誰だ?コイツは誰だ?何を話している?何をしている? 『__緋色!!』  その声で俺の名前を呼ぶのは__ 「さ……く……?」 『……』  って誰だ?  男の方を見ると、無言で此方を見ていた。 「さく……?って誰……?」 『__俺だよ』 「え……」  その顔は冗談で言っているようには見えなくて、男がさくという名前である事が分かった。  呆然と彼を見ていると、さくが此方へ今度はゆっくりと歩いてきた。 『さくは、俺だ。逆のしんにょうを取って、月を当てはめる漢字の方だ』 「……それは思い出した」 『名前しか分からないか?』  こくりと頷くと、朔は複雑そうな顔をした。  先程の映像も頭痛もなくなって、覚えていたのは彼の名前だけで、顔や何をしたかは覚えていないし、思い出せていない。 「何で、此処にいるんだよ」 『緋色を迎えに来た』 「む、迎えに来たって、どういう……」 『緋色は覚えていないかもしれないが、俺と緋色は昔、縁契り(えんちぎり)というのを交わしている』 「縁契り?」  縁契り……その言葉を聞いた時、ほんの少しだけ頭にノイズが走るが、すぐに収まる。 『縁契りというのは、いわば婚約の証みたいなものだ』 「こ、婚約!?!?」  え!?婚約って、あの婚約!?てかなんでそんなの交わしてんの俺!! 「う、嘘だろ……?だって俺、男だし、お前も男じゃ」 『本当の事だ。あと緋色が男だということは分かっているし、俺が男である事も理解している』 「っ、じゃ、じゃあ何で……!?」 『……惚れた』 「は……?」 『だから__緋色に一目惚れしたんだよ』  少し頬を赤らめて朔は、衝撃の一言を放った。  ひ、一目惚れ、え?俺、男だぞ?あれ?一目惚れって何だっけ?あ、ヤバい頭痛くなってきた。 「つ、つまり俺を迎えに来たのは?」 『緋色を嫁に貰いに来た』 「…………」  …………もう、限界。 『?なっ、緋色!?』  朔の叫ぶ声を聞きながら、俺は意識を手放した。

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