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6月8日~出逢い①~
――どっかに良い人いねえかなぁ……
恵口 紫苑 は夜中の繁華街で独り、行き交うスーツ姿の男性たちを見つめていた。
大学生になってまだ二ヶ月。共に暮らしている兄と大喧嘩をしてアパートを飛び出してきたのは、ほんの一時間前だ。
(まあ、またいつもみたいに酔っ払ってそうな奴をテキトーに……)
だが男遊びを始めてからは三年目。今回の喧嘩も、それが兄にバレてしまったことが原因である。
SNSを活用して一晩限りの相手を探すこともあるが、今日のように手っ取り早く泊まり場所を見つけるのなら直接声をかけるのが最短の方法だ。
紫苑が目を付けているのは酒に飲まれた男ばかり。判断力が鈍っているところに色気をもってつけ込むのだ。紫苑は男に媚びるのが得意だった。
(お、あの人良さそう)
目の前を、暗い表情で横切っていく男性が一人。微かに漂ってくるアルコールの匂いは、彼が既に酒に溺れていることを教えてくれる。
紫苑はその男性に狙いを定め、まずは人混みに紛れてターゲットに気付かれないよう彼を追い越し、先へ行く。
そして、さも前方不注意でぶつかってしまった風を装って男の反対側から歩いて行くのだ。
「お、っと――」
「ごめんなさい! 俺、ちゃんと前見てなくて……」
上目遣いに見上げた男の顔は憔悴しているように見えた。一体何があったのかは知らないが、今は自分の寝床と身体を繋げる相手を確保するのが第一優先だ。
「それは良いけど。君、俺の足踏んでる」
「あっ、本当にごめんなさい! 怪我してないですか?」
「ああ、大丈夫だ」
酒の匂いに包まれた男は呂律も怪しく、『らいじょうぶ』と言っているようにも聞こえた。顔には出ていないが、相当酔っている。
俯いて歩いていたのも、ぶつかった男のつま先を軽く踏んだのもわざとだ。紫苑の頭の中にあるシナリオ通りなら、きっと彼は自宅かホテルに連れて行ってくれる。
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