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始まりは突然に
思い起こすと、この日は朝から身体の調子が少しおかしかった。
* * * * * * *
午前7時。
オープンキッチンから繋がるダイニングテーブルを囲んでいるのは、矢萩結空(ヤハギ ユラ)、結空の妹あいり、その2人の父と母の4人。
いつもと同じテレビの情報番組をBGM代わりに、耳から情報を得るが、ゆっくり見ている暇がないのでテレビ画面を見ることは殆どない。
忙しなくカチャカチャと茶碗に箸がぶつかる音がして、テレビからは日本の人口と、二つ目の性α、β、Ωの男女比の割合に関するニュースが流れる。
大多数で一般的なβである自分にはあまり関係ない話だと結空はぼんやりと聞き流した。
「あいり、醤油とって」
「は?腕伸ばせば届くでしょ、兄貴」
「んだよ、ケチくせーな。お前の横にあるんだから取ってくれてもいいだろ」
こんな兄妹のやり取りもいつも通り。
「朝からケンカしないの」
母が醤油瓶に手を伸ばし、結空へと手渡す。
結空はそれを受け取ると、かき混ぜた生卵の中へ醤油を数滴垂らした。
箸でかき混ぜ、ざらざらと喉の奥へ流し込む。ろくに噛みもせずに、ごくりと飲み込み、テレビ画面へ目を向けた。
画面左上に表示された時間を確認する。
もう行かないと、遅刻する。
「ごちそうさまー」
すぐに歯を磨き、水を手につけて手櫛で寝癖を直し身支度を素早く整える。
カバンを持って「行ってきます」と家族に声を掛けた。
「行ってらっしゃい」と母の声が聞こえたが、その直後「今までβだったのに?突然Ωに?へぇ、そんなことあるのね」なんて言ってる声も耳に入り、結空は、ふぅん……でも所詮は他人事、と思いながら家を出た。
通っている高校まで自転車で15分。
途中、坂のアップダウンがあり、息が切れる。
いつもは上ることのできる坂が、この日は脚が重怠く、ペダルを漕ぐ脚が進まない。
息が上がるのも何だか早い気がする。
秋も半ばを過ぎて朝晩は冷え込むようになってきた時期だ。
風邪でもひいたかな?
そう思った結空は跨がっていた自転車から降りることにした。
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