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夏を呼ぶ砂漠の風
砂漠の向こうの小さな王国、ジガァルダは若く美しい少年王が統治する豊かな国だ。
ジガァルダが豊かなのは王国の中心地にある枯れることのない泉のおかげでもあるが……王の影にいる悪魔によるものが大きかった。
───この悪魔の王子がジガァルダに現れたのは三年前のことだ。
年中変わらぬようでいて、砂漠にも四季がある。
熱くて乾燥した風が砂丘を削り、乾いた砂を舞い上がらせて夏を知らせるように吹く時期だった。
この乾いた風と共に謎めいた旅芸人の男がやってきた。
夏の風は砂塵を多く含んでおり、この次期にはるばるジガァルダまで旅をする者は少なかった。ましてや旅芸人など珍しかったので、町の者たちは男に興味津々だった。
男は町の中心で、美しい装飾の小箱を見せながら、昔々の夢物語を語った。
『この小箱には美しいジンニーヤを封じ込めています。人ではない彼女はその美しさゆえに人間の王に恋慕され、このような狭い箱の中に閉じ込められてしまったのです。これからお話するのは異種間での悲恋の物語……』
この男は口も上手かったので、人々は彼の物語を夢中で聞いていた。そして、その噂は前王の耳にも入った。
旅芸人の男は王宮に呼ばれ、宴の席で物語を語るように命じられた。
王の隣には美しい王子が座っていた。王子はいつも悲しげな顔をしており、儚げな風情がいっそう美しさを引き立てていた。
男はいつものように人と魔物の恋物語を美しく語ってみせた。だが、最後に……
『今夜は特別に、美しいジンニーヤの姿を御覧に入れましょう』
王や貴族たちが期待に満ちた目を向ける中、男はにやりと笑って小箱の蓋を開けた。
小さな箱から、まるで竜巻のような勢いで風が吹き出し、男がジンニーヤと呼んでいた者が姿を現した。
『な、なんだ!? あれは……』
青黒い肌、豊かな黒髪、金色に輝く獣の瞳。
ソレは大きな黒い翼を広げて天井へと高く舞い上がった。髪の間からはにょっきりと山羊のような黒い角が生えていた。
ジンニーヤ などではなかった。この魔人は男の姿をしている。だが、ジンで もない。
『彼はシャイタ ーンの末息子。旅の間、ちっぽけな箱の中に閉じ込められていたので少々気が立っております』
男が言い終わらないうちにシャイターンの息子はしなやかに身を翻し、その漆黒の見事な翼で鋭い風を起こした。兵達は見えない刃で切られたように、胴体が真っ二つになってバタバタと倒れていった。あまりの速さに一滴の血も流れていなかった。
『さあ、今度は王様に小箱に入っていただきましょう』
『!?』
あっという間に男の持つ小箱の中に王は吸い込まれていった。パタンと蓋を締めて、商人は顔を上げて王子を見つめた。
白い肌に赤い唇。砂漠では珍しい金茶の髪に青い瞳。王子の母は異国から贈られた女だった。王子は妾の子であったが、正妃とその息子達が相次いで病死したので、ジガァルダのただ一人の王位継承者だった。
『シャーザード王子。さあ、貴方は私の元へ……』
男は舐めるように美しい王子を見ていた。
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