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王子と悪魔
王は魔法の小箱に閉じ込められ、王子は男の慰み者になった。
王子を手中に収めた男は国を支配した。民にとっても王子にとっても、辛く苦しい日々が続いた。
だが、男が思うほど王子は弱くも愚かでもなかった。少女のように美しい相貌をしているが、賢く忍耐強かった。
王子は愚かでか弱く従順なふりをして、娼婦みたいに甘えてみせた。寝台の上で男に犯されながら、どうやってシャイターンの息子を操っているのかを聞き出した。どうせ王子には何もできはしないと、男はすっかり油断していたので、べらべらと何でも喋った。
『名前だ。真の名を人間に知られたら魔物は従うのさ』
情事の後、上機嫌の男に酒を勧めて酔わせた。酩酊状態の男から、王子は悪魔の名を聞きだし、寝台で眠る男を殺して悪魔を自分の支配下に置いた。
だが、王を箱から解放するのが遅すぎた。王子は王を救うことはできなかったのだ。
そして、王国を救ったシャーザード王子がジガァルダの王となったのだ。
男の支配から国を取り戻したとはいえ、若い王は美しい少女のような姿をしていたので、近隣の国はここぞとばかりにジガァルダを落とそうと考えていた。
「西の王国が怪しい動きを見せています。狙いはジガァルダの枯れない泉でしょう。他の国は静観しています」
将軍から報告を聞いたシャーザード王は立ち上がり、「悪魔を行かせよう」と言った。
将軍は顔を顰めて王を見た。
「大丈夫。悪魔は僕に従う。派手に暴れてもらおう。他の国への見せしめにもなるだろう」
王は寝室へ入り、一人きりになると首から下げた細いチェーンを引いて、その先の香水の小瓶のようなペンダントヘッドを手のひらに乗せた。
「出ておいで、シャーナズ」
そう呼びかけると、小瓶の中から悪魔が姿を現した。嫌そうな顔で王を見て、わざとらしくため息をつく。
「よぉ、性悪」
「主に向かって、その呼び方はないんじゃない?」
「性悪に性悪と言ってなにが悪い」
悪魔はガシガシと頭をかいて、ぶつくさ言いながら聞いた。
「で?」
「西の王を半殺しにしてきて」
「……いいけど」
悪魔は伺うように王を見た。若く美しい王は妖艶な笑みを浮かべて、寝台に横たわった。
「わかってるよ。報酬は先払いね」
悪魔は人間に支配されると魔界には戻れなくなる。人間と同じ食事では栄養を摂取することはできない為、人間の生き血を飲む必要があった。
男に支配されていた時は、奴隷の血を飲まされていた。だが、血でなくても体液ならば栄養になるのだ。
「……あ」
悪魔は王の衣服を寛げて、まだ少年のあどけなさが残るペニスを根元からべロリと舐めた。
シャーザード王に支配されている魔物にとって、今は王の精液が栄養源になっているのだ。
悪魔の長い舌で舐め回されて、若い王のペニスはすぐに硬く勃ちあがった。
「あ、あ……さっさとイカせてよ。早く、西の王をぶちのめしてきて」
「……ほんとに根性悪いよな。可愛い顔してるくせに」
「うるさ……ああっ」
じゅるじゅると激しくしゃぶられて、王の華奢な腰が震えて仰け反った。ビクンと跳ねて、あっけなく絶頂に達した。悪魔は一滴残らず王の精液を飲み干した。
「はぁ、は……ん」
最後にひと舐めしてから顔を上げて這いあがり、悪魔は王の唇にキスをした。
貪るような激しい口付けに、王が悪魔の腕を叩いて止めさせると、名残惜しげに唇を解いた悪魔はじっと王を見つめた。シャーザードも悪魔を見つめ返した。
青黒いがすべらかで陶器のように美しい肌。金色の瞳は王族に捧げられる黄金の装飾品のように神秘的だ。数百年は生きているようだが、悪魔の外見は二十代半ばの青年のように見えた。
異形ではあるが、整った美しい顔立ちをしている。
「……さっさと退いて」
「……」
「退けって!」
「はいはい」
ようやく悪魔は王から離れた。
悪魔に奉仕させて精液を飲ませる。この関係は三年前からだ。
───あの夜。父王を悪魔に殺させたのはシャーザード王子だ。
母は美しい奴隷だった。母が死んだあと、父王は当然のようにシャーザード王子を抱いた。
王子はまだ10歳だった。
嫉妬した正妻から壮絶ないじめを受けたが、誰も助けてはくれなかった。この冷たい王宮で、王子は一人で戦わねばならなかった。
弱い者ならではの戦い方で。
父王に媚を売り、一番のお気に入りとなった王子は正妃とその息子たちを毒殺した。
王子は王国で一番美しかった。その体と顔で誘惑すれば「貴方の為ならば何でもする」という男が何人もいた。
そうして密かに味方を増やし、あとは父王を殺すだけだった。そんなときにあの男がやってきたのだ。
───利用してやる。それに悪魔を手に入れれば、もう誰も僕を好きにはできない。
シャーザード王子は望み通り悪魔を手に入れ、王国の支配者になったのだ。狡猾で慎重な王子は民を第一に考えているふりをして、民から慕われる良き王となった。
臣下も民もこう思っている。
───恐ろしい悪魔に身を捧げて……若く美しい王はこの国の為に犠牲になってくれているのだと。
この悪魔との寝室でのやりとりを見たら、きっと皆驚くだろう。
「西の王をボコボコにしてくりゃいいんだな?」
「うん」
悪魔は寝転んだままの王の衣服を整えてやった。腰紐をきゅっと締めて「殺してきてやろうか?」と聞いた。金色の瞳がシャーザード王の青い瞳を捕えるように見つめている。
「こ、ころさなくていい」
「そっか」
悪魔は王を抱き起こして、ベッドに座らせた。
「あっ……」
再び口付けられて、舌を吸われた。悪魔のくせに甘い接吻だ。最後にちゅっと軽いキスをして離れた。
「お前の望み通り、西の王を死なない程度に痛めつけてくる。いいか。お前のためにやるんだからな」
「わかったってば! いいからさっさと行けって」
悪魔はにやりと笑って、黒い翼を広げて王宮から飛びったっていった。
王は悪魔が去った窓辺でぼんやりと立ち尽くした。
「……そんな目でみるな」
一人、寝室に残された王は小さな声で呟いた。悪魔はいつからか熱い瞳で王を見るようになった。
これはシャーザードの誤算だった。
悪魔とはもっと残酷で下等な生き物だと思っていた。
だが、違った。
悪魔と過ごすのは楽しかった。裏表がない悪魔とは王宮の誰よりも気兼ねなく話せた。
それに、自分の欲望をぶつけることもなく、ただシャーザードに奉仕して甘く酔わせて、絶頂の証をうまそうに飲み干すのだ。
───利用するだけのつもりだったのに……
「……はやく帰ってこいよ……」
シャーザード王は夜空を見上げて、ため息とともに小さく呟いた。
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