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王の寝室

しばらくは平穏な日々が続いていたが、ラジュ国からジガァルダ国と同盟を結びたいと申し出があった。 砂漠の向こうのラジュ国は古くから魔法が根付いている国だ。 アルダシール王は残酷で勇猛な王だ。 翼竜を従えて、イフリート(炎の魔神)が鍛えた剣で何者をも切り倒す。戦では負け知らずの無敵の王だった。 噂では人魚の肉を食い、不老不死になったと言われていたが、真実かは分からない。 それに、アルダシール王もジンを支配している。逆らった村々をドラゴンの吐く炎で焼き尽くしたり、ジンたちに村人を皆殺しにさせたり……と、恐ろしい噂が数限りなくあった。 「シャーザード様。いかに悪魔が強くとも、ラジュ国と争うのは無謀です」 「だが、アルダシール王は残忍な王だ。今までも多くの国を攻め落とし、支配してきた」 「だからこそ、この申し出を受け入れるべきでは」 臣下達の言葉を聞きながら、王は考えていた。ジンを従えているなら、アルダシール王は悪魔の事にも詳しい。もしかしたら、悪魔の弱点を知っているかもしれない。 いつものように命じれば、悪魔はラジュ国に飛んでいくだろう。けれど、向こうが悪魔の攻撃に備えていれば……逆に悪魔がやられてしまうことだってあるかもしれない。 「……一度、アルダシール王にお会いしよう」 シャーザード王はそう決めた。 その夜、王の寝室で小瓶から出てきた悪魔は不機嫌だった。 「やめとけ。うさんくさい申し出だ。俺にだってわかるぞ。むちゃくちゃやってきたラジュ王が礼儀正しく同盟だ? うそくせぇ。ドラゴンを従えてるとなると、かなり人間離れした人間だと思うぞ」 「……仕方ないだろ。戦争になったら勝ち目はないんだ」 悪魔は王子をじっと見つめた。 「いつもみたいに命じればいい。俺に行かせろ。ラジュの王を殺してきてやる。なんなら国ごと滅ぼしてやろう」 悪魔は本気だ。いつものような軽い口調ではなく真剣な眼差しと声に、アルダシール王がかなり厄介な相手なのだとシャーザードにも伝わった。 だからこそ、シャーナズを行かせるわけにはいかなかった。 「お前ひとりじゃ頼りない」 「はぁ!?」 「シャーナズ! この話はもう終わり!」 真名を呼ばれて、悪魔は大人しくなった。 「もう眠るから、小瓶に戻って」 「嫌だね」 「は?」 悪魔は王に背を向けて、ごろんと寝台に寝転んだ。王は唖然として悪魔を見た。 「たまには広いベッドで寝たい。今夜はここで寝る」 「ここは僕の寝室だ。お前は小瓶の中に戻るんだ! 僕の言うことが聞けないのか!?」 悪魔は王の言うことに無視を決めこんで、目を閉じてふて寝をしているようだ。 シャーザードは呆れたようにため息をついた。 時折、悪魔は王の言うことを無視することがあった。だいたいは他愛もないことで、重要な命令には従っているのだが。 ───不安を見抜かれたのかもしれない……。 アルダシール王がジガァルダ国に目を付けた。ラジュ国は大国だ。なぜ遠く離れた小国であるジガァルダなどに興味をもったのか…… きっと、この悪魔の噂を聞いたからだろう。 ジンやジンニーヤを退治しただとか、支配しているという話はあっても、シャイターンの息子を従えた者など聞いたことがない。 シャーザードは悪魔を連れてきた男のことを思い出した。 ずる賢い小悪党だった。なぜシャーナズほどの悪魔があんな小悪党に支配されていたのか不思議でならない。 アルダシール王にシャーナズの名を知られないようにしなくては。この悪魔を奪われたら…… ───絶対に嫌だ。シャーナズは僕のものだ。ずっと……ずっと僕のそばに…… そう考えてシャーザードはハッとした。これではまるで女のように、シャーナズを束縛したがったいるみたいだ。 そうじゃない。国を守るためだ。自分の身を守るために悪魔の力が必要なだけだ。 揺れ惑う自分の心にそう言い聞かせて、シャーザード王はしぶしぶ悪魔の隣に横になり、そっと目を閉じた。 考えても仕方がない。どう足掻こうと、アルダシール王はこの国へやってくる。うわべだけでも友好的に対応した方が得策だろう。 しばらくして、王の寝息が聞こえはじめた。 悪魔は目を開けて寝返りをうち、王の方を見た。 この若い王は少女のように美しい顔をしている。だが、気に入っているのは顔だけではない。 すれた娼婦のように笑ってみせるが、シャーザード王の心は幼子のようにか弱く、いつだって傷つくのを恐れている。どうすれば傷付かずにすむか、そればかりを考えているのだ。 哀れで弱い人間だ。 ───だが、そこがいい。 悪魔は王の寝顔を見つめながら、地獄の兄弟の事を思い出していた。

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