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悪魔の愛

  シャイターンには何百もの息子がいる。今のところ、シャーナズは末の息子だ。これからも魔王の子は増えるだろう。 兄弟たちはだいたいが互いに無関心だったが、山羊脚の兄のアズィーズとは気が合っていた。アズィーズは女と見紛うような美しい顔をしているが、マゾの変態で人間とセックスするのが好きな変わり者の悪魔だ。 アズィーズは人間を愛人にしては、マゾセックスを楽しむ。そして、飽きれば愛人を引き裂いていた。 だが、今の人間の愛人とは六年になる。こんなにも一人の人間と続いているのは初めてだった。 その人間は厄介な呪いにかかっているらしい。だから面白いのだろうかと思ったが。 『リュカは可愛いんだよ。ちょっと聞いてよ。リュカにかけられた呪いのひとつにね、愛する者とセックスすると全身を針で刺されたような激痛に襲われるってゆうのがあるんだけどね。俺とセックスしてると、めちゃくちゃ痛そうなんだよ。これって、アレだよね?』 ニヤニヤとだらしない顔で笑う兄をシャーナズはジト目で見た。 『お前みたいな変態に、その人間は惚れたってのか? 趣味が悪いにもほどがある』 『そおだよ。俺のアナルで射精するときなんて、リュカは全身を引き裂かれる痛みに耐えてるのさ。それがも~、たまらないんだよね。もう一回しよっておねだりしたら、痛いの我慢して頑張っちゃうのよ。ああ、可愛い』 相変わらずアズィーズは悪趣味だ。時々、この兄はマゾなのか、サドなのか分からなくなる。 『その呪い、解いてやんねぇの?』 『俺には解けないよ』 『お前じゃなくて、どんな呪いでも解いちまうやつがいるじゃねぇか』 兄の一人に謎解きが大好きな悪魔がいる。 兄のファルザネハはアズィーズとはまた違った変態だ。この兄は変質的なほどにパズルや謎解きが大好きで、時には人間に謎かけをしては解けなかった者を食うのだ。 ファルザネハならば、リュカの呪いを解くことができるだろう。 『解かなくていいんだよ。どうせ死ねば呪いは解けるんだし』 『死ぬまでお前のオモチャか』 『オモチャじゃないよ。愛人だよ。リュカが死んだら魔界に連れてくるつもりだから、会わせてあげるね』 シャーナズは少し驚いた。アズィーズは本気で人間の愛人にご執心のようだ。リュカのための館を造らせているという。 『お前がそんなに人間好きだったとはな』 『ん~、人間っていうかリュカが気に入ったんだ。特別な小石を見つけたような気分だよ。とてもいい気分だ』 悪魔は悪魔なりの愛し方をする。シャーナズはその人間を少し不憫に思った。 シャーナズも人間界に行って、人間と遊ぶことがある。わざと名を教えて、支配されたふりをして遊ぶのだ。 名前を人間に教えたからといって、人間に支配されたりはしない。だが、馬鹿な人間はその嘘を信じて、シャーナズを支配した気になってアレコレ命令するのだ。 その滑稽な様子が面白くて、シャーナズは人間と支配ごっこをして遊ぶのだ。ごっこ遊びに飽きれば、その人間を殺して魔界に戻った。 三年前、ジガァルダに来た頃には、あの男との遊びにも飽きてきていた。 そんな時にシャーザードに出会ったのだ。 この美しい王子に支配されたふりをするのも面白いか、と思った悪魔は男から王子に乗り換えた。 今までの人間は自分の欲望のために悪魔を利用した。だが、シャーザードが自分のために悪魔を使ったのは一度だけだ。 ───父王を殺して。 シャーザードが自分自身のために望んだのは父を殺すことだけ。幼い頃から我が子である王子を凌辱し続けた父王を悪魔に殺させた。そして王子はジガァルダの王になった。 それ以降は国のため、民のために悪魔を働かせた。シャーナズはそれが不思議だった。 シャーザードは特別贅沢も望まないし、この世界を支配したいなどとも思わない。大いなる力を手に入れたというのに、シャーザードの望みは『自分自身を自分だけのものにする』ということだけだ。 もう二度と誰にも組み敷かれたくない。王子なのに奴隷のように生きてきた過去と決別したい。静かにひとりで過ごしたい。それだけだ。 シャーナズはそんなシャーザードを珍しいもののように思っていた。だが少しずつ、この若き王を可愛いと思うようになった。 父王に仕込まれた体は快楽に弱いくせに、セックスに怯えて異様に嫌っている。そのくせ悪魔に報酬だと奉仕させて、精液を飲ませているのだ。 いつも怯えながら快楽を感じている。傲慢に見えて、瞳の奥に心細さを隠している。そのギャップがたまらなかった。 ───アズィーズがやたら『人間可愛い、人間可愛い』って言ってたのが分かるようになっちまった。 この偽りの支配ごっこはいつでも終わらせることができる。だが、シャーナズはこの少年王に三年も付き合い続けた。今までは数ヶ月で飽きていたので、珍しいことだった。 ───シャーザードに出会ってから三度目の夏が来る。 悪魔は不安げに眠る王をそっと腕の中に抱いた。華奢で白いシャーザードの体に胸が疼いた。 若い王は悪魔の腕に抱かれて、花弁のような唇から安堵したような吐息を漏らした。 シャーザードの望みがジガァルダ国の平穏と、誰にも支配されないことだと願うのなら、その望みのために支配ごっこを続けてやろうと悪魔は思っていたが…… ───この夏で最後にしよう。 支配者そのもののような人間の王が、ドラゴンに乗ってジガァルダ国にやってこようとしている。シャーザードの小さな望みを吹き飛ばすように大きな翼を広げて……。 シャーナズが本気を出せば問題ないだろうが、少し厄介な相手だ。しかも、シャーザードの望みは国と民を守ることだ。 悪魔にとってジガァルダ国も民もどうでもよかった。滅ぶならさっさと攻め滅ぼされればいい。 シャーザードは悲しむかもしれないが、悪魔はジガァルダ国を見捨てるするつもりだ。 そして、王を魔界に連れ帰る。 シャーザードのための美しい館を作ろう。きっと王は驚くだろう。 絶望するかもしれないし、シャーナズに怯えるようになるかもしれない。  その時の王の顔を想像すると、悪魔はゾクゾクした。この美しい少年王を魔界に墜とす日が楽しみで待ち遠しい。 ───悪魔は悪魔なりの愛し方をするのだ。 もうじき夏を知らせる風が吹く。 熱くて乾燥した風が砂丘を削り、砂漠の乾いた砂を舞い上がらせて。 砂塵と共に王の運命に終わりを知らせるのだ。 今はまだ夢にも思わず、シャーザードは悪魔の冷たくて青黒い肌に頬をすり寄せるようにして、幼子のように深い眠りへとおちていった。 end.

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